第11話 魔法の修行を受ける僕
北方のイースフィルでは雪の降る季節になっていた。土の上にはうっすらと雪が積もっている。冬は剣の訓練のために朝早く起きるのが苦になる季節でもある。
ルアンナは眠たそうに目をこすりながらも剣の訓練についてきた。昨日遅くまで飲んでいたようだが、よく起きることができたものだ。ルアンナはまだ寝たかったらしいが、魔剣を持つ僕の剣の腕前を見たいらしい。
まだ酒が抜けていなさそうなモーリスと弟のニックスと共に今日も素振りを行う。縦・横・斜めの素振りに加え下段切りや突きの素振りも行う。そんな僕の素振りを見てルアンナは大笑いを始める。
「謙遜かと思っていたが本当に才能がないな。もう剣の練習を始めて二年くらいだろ? モーリスは辛抱強いもんだ。魔剣も持ち主選びを間違えたようだな」
(俺もそう思う。魔法の杖であればアル程の持ち主はいないと思うが、魔剣の持ち主としては、アルはもったいなさすぎる)
ルアンナの笑いとオッ・サンの悪口は無視していつもどおり剣の訓練を終わらせる。
「久しぶりに楽しませてもらったよ。まさか二才も下の弟の方が剣の腕が良いとは思わなかったぞ」
ルアンナは笑いすぎて目に涙を浮かべている。本当に遠慮のない失礼な人だ。
「まあ剣を教えに来たわけではないからそれはいい。朝飯前に魔法も見せて貰うぞ」
ルアンナはそう言うと僕から少し距離を取った。
「さあ、なんでもいいから全力の魔法を打ってこい」
いや、突然すぎるし全力で魔法を撃ったら跡形もなく消し飛ぶんじゃないだろうか……魔法を撃つことには躊躇してしまう。
「心配するな。子供の魔法くらい問題なく受け止められる」
(ルアンナが大丈夫と言っているんだ。こないだの『メテオクリムゾン』を撃つぞ! 本気でやらんとアルの実力が伝わらんだろ?)
確かに実力が伝わらないのでは意味がない。オッ・サンの言うとおりに『メテオクリムゾン』を撃つことにした。周辺の土を圧縮し岩の塊を作り空中に浮かべ、火魔法で熱した後にルアンナに向かって撃ち落とす。
それに対しルアンナは右手を前に突き出すだけだ。
撃ち落とした岩の塊はルアンナの前で止まりそのまま勢いを無くして落下してしまった。
「その年で上級魔法が使えるのはなかなかだ。魔力の制御も発動のスピードも素晴らしい。だが自己流なだけあって魔力変換に無駄が多すぎるな。あとは朝飯の後に詳しく教えてやる。腹が減ったから飯にするぞ」
ルアンナはそう言って食堂へと向かった。
(まさか止められるとは思わなかったな……ルアンナは撃ち落とした岩に反対の運動エネルギーを加えると共に魔力の壁を使ってアルの魔法を止めたみたいだ。あのレベルなら師匠としては問題なさそうだな)
オッ・サンはルアンナの前に現れた魔法の壁が見えたらしいが、僕には全く見えなかったし感じ取ることができなかった。
剣の訓練の後はいつもの麦粥と野菜スープの朝食を食べたが、ルアンナは不満そうな顔をして麦粥をスプーンで突いている。ルアンナはイースフィル家の朝食がお気に召さないようだ。
「早速魔法を教えようと思ったが、ここの飯は私には無理だ。食料を調達してくるから昼まで待て」
炊事場でリリーと話し食糧庫を確認した後にルアンナは家を出た。ルアンナが戻ってきたのは昼過ぎで、庭先にはシカとイノシシに大量の樽と木箱が並べられていた。シカとイノシシはルアンナが狩ってきたことは分かるが、どうやってここまで運んできたのだろうか……
「解体するから手伝え。周辺には碌な魔獣がいなかったからとりあえず動物を狩ってきた。一部は燻製にするからその準備もするぞ。貴族の家であんな貧相な飯が出てくるとは想像もしなかったぞ。塩も保存料も酒もほとんどないし、こんなところで私は生活できないからな。一通りの物を買ってきた」
よほど食に対するこだわりが強いのだろう。ルアンナが買ってきた樽の中には酒と塩が、木箱の中にはハーブと思われる葉っぱや野菜が入っていた。
ルアンナはシカとイノシシを木に吊るし解体を始める。既に血抜きはしてあるようで、腹を切り裂き内臓を取り出したあとは、皮をはぎ、部位ごとに肉を切り分けていく。内臓も切り分け水魔法で洗浄している。どうやらルアンナも無詠唱魔法を使えるようだ。
ルアンナは女性とは思えない力と手際でアッという間に獲物二体を解体してしまった。解体された肉はハーブのような葉っぱが入れられた木箱に入れられた。
「この葉っぱは『セイクリットバジル』の葉で腐敗防止の効果がある。少し値は張るが旅には必須のものだから覚えておけ。さあ、後はベーコンを作るぞ。私はベーコンで酒を飲むのが好きでベーコンがない生活など考えられないんだ。今日は塩漬けにしておいてあとで燻製にするか。今日は私が作るが、次回からは弟子のアル君の仕事になるからしっかり覚えておくんだぞ」
ルアンナはそのようなことをしゃべりながら解体した肉に塩を揉みこんでいく。塩を揉みこんだ肉は生肉と同じように木箱に入れられた。
「さあ、一通り終わったし少しは魔法の訓練もしておくか」
肉や樽を食糧庫に運び込んだ後、やっと魔法の訓練を始めてくれる気になったらしい。
「とりあえずどの魔法が使えるか見てみたい。初級魔法でいいから使える魔法を使ってみてくれ。的は……なさそうだから私を的にしていいぞ」
現在使えるのは火、水、土、風の魔法だ、光魔法も使えるが攻撃できるほどの威力をだすことはできないし、それ以外の魔法は存在自体知らない。それぞれの初級魔法を遠慮なくルアンナに向かって発動する。『メテオクリムゾン』を余裕で耐えられるのだから遠慮はいらないだろう。火、水、土、風の順番でルアンナ向けて放っていくが全て魔力の壁でさえぎられてしまった。光魔法だけは魔力の壁を通過したみたいだが、それもダメージを与えることはできなかったようだ。
「一通りは使えるようだが、やはり魔力変換が雑すぎる。無詠唱が使えるくらいだから、魔力変換の概念くらいは分かっているだろ? アル君は魔法の発動スピードも魔力制御もかなりのレベルだが魔力変換だけが残念すぎるぞ」
(俺もアルの魔力変換は無駄が多いとは思っていたが、エネルギー変換の限界だと思っていたぞ。別のエネルギーに変換する際にロスが出るのは仕方のないことだと思っていたが……)
(オッ・サンに何度も説明してもらっているけどエネルギー変換についてはいまいちわからないんだよね)
オッ・サンの講義で熱や光、運動エネルギーについては何度も習っていたが魔法への応用の仕方がいまいちわからないのだ。
「まあ、口で説明するだけではよく分からんだろうからやってみるぞ。よく見ていろ」
ルアンナはそう言うと庭木の一本に右手を掲げた、と思った瞬間に庭木が勢いよく燃え上がり一瞬で燃え尽きてしまった。
どうでもいいが、あの庭木はクロエお気に入りのベリーの木だ。秋には甘い実をつけるためにクロエが毎年楽しみにそして大事に育てていた。ベリーを煮込んだジャムが絶品なのだそうだが、僕は一回も食べさせてもらったことがないので味は分からないが間違いなくクロエに怒られるだろう……
「師匠! どうやったのですか!? 全然火も見えなかったのにいきなり木が燃えるなんて! 何の魔法ですか!?」
「……まず、師匠は止めろ、先生にしてくれ。先生が一番キュンとくるんだ」
この人は魔法の腕は確かだが、やっぱり性格に難ありだ……
「今の魔法はアル君が打ったのと同じファイアボールだ。光や音への変換を抑え、ほぼ熱に変換しただけで他は何も変わりはない。暗がりで見れば光が漏れているのも分かるが、昼間ではほとんど視認することはできんだろうな」
(アルのファイアボールとはレベルが違うな……ギラギラと燃え上がる方が見た目は強そうだがよく考えたら無駄だよな)
「もしかしたら、アル君は魔力を熱に変えるとき、火が燃え上がるようなイメージをしているんじゃないか? それではどんなに頑張って制御しようとしても魔力は火にしかならない。火魔法を使うためには火ではなく熱にしなければだめだ。教える上で非常に抽象的で嫌いなのだが、なんだかんだ言っても魔法はイメージがすべてだ。脳が考えたものしか魔法は対応してくれないからな」
熱のイメージってなんだ? 熱いものといえば火しか思いつかないし……
「先生はどんなイメージで熱に変えているんですか?」
「先生……、やっぱりいい響きだ……。おっと、私のイメージは参考にならんと思うぞ。熱をイメージするために、火あぶりにあったり、焼けた鉄を押し当てたりして熱を感じる修行をしていたからな。その時のイメージで熱をイメージし魔法を組み立てている」
本当に参考にならないし、この人やっぱりいろいろ危なすぎだ。先生と呼ばれて恍惚の表情を浮かべていることもだが、修行の内容がひどすぎる。
「まずは、ファイアボールを工程ごとに分解して練習してみるぞ。ファイアボールは体外に出した魔力を3つの工程に分解ができる。1つが熱エネルギーを外に逃がさないための魔力の膜の作成、2つ目が熱エネルギーへの変換、3つ目が熱エネルギーを射出するために運動エネルギーを与える工程で………………………………………………」
ルアンナの講義はその後も続いて行った。
しかし熱のイメージか……確か、オッ・サンの講義では熱は分子が激しく動いている状態だったような。分子が激しく動くイメージでいいのか? とりあえずやってみよう。
いつもどおり魔力を圧縮し、今回は激しく分子が動き回るイメージで魔力の熱変換を行う。いつものような火球が現れないので成功しているかどうかよくわからない……とりあえず、ルアンナのように庭木にぶつけてみよう。
魔力の塊に運動エネルギーを与え、木に向け放った。魔力の塊は庭木に到達したらしく、庭木は大きな炎を上げて燃え上がった。僕が燃やしたのはクロエが大事にしている木で、春にピンクの花を咲かせる庭木であるが決してわざと狙ったわけではない。たまたま当たっただけだ。
「お、完璧だな。今のようにイメージは魔力にそのまま作用するから、他の魔法を使うときも気を付けてみろ。しかし、優秀すぎて、おかげで今日やることが無くなってしまったぞ……寒くなってきたし、昼飯を食べた後は部屋の中で座学としようか」
昼食はルアンナが狩ってきたシカ肉のステーキだった。意外なことにルアンナは料理もできるらしく、ステーキなど焼いたことないリリーにルアンナが手取り足取り指導して焼き上げていた。ルアンナが泊まり込みで僕の家庭教師になることに不満気なクロエだったが、お昼からお腹いっぱいお肉が食べられることにはクロエやニックスも満足そうだ。
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