第二話

 ハッキリ言ってしまえば僕はこのアプリに全く愛着を持っていない。どこかの企業が似たようなアプリを作ることもあるだろうし、運営権を委譲してくれと言われれば条件さえ合えばいくらでも譲るつもりでいた。だが、似たようなアプリが出来ることは無かったし、運営権を求めるような声も聞くことは無かった。それどころか、有名な電子マネーの運営会社から提携を持ち掛けられることになったのだった。冬から春にかけて試験を開始し、新年度から本格的にサービスを開始するという事で話がまとまったのだが、決済手数料としていくらか取られるのかと思っていたところ逆に僕の方に手数料が支払われるという契約で驚いた。いくつかある電子マネーの中でもシェアがそれほど高くないところというのもあるのだろうが、おそらく目的は中高生にこの会社の電子マネーを一気に普及させたいという思惑もあるのだろう。貯まったポイントは自動で電子マネーに変換されて、専用の機械にかざすだけで精算できるといった仕様なのだが、設備費用にいったいいくらかかったのかが気になるところである。

 さらに収入が増えた僕は高校時代の友人で仕事をしていない数名にバイトの話を持ち掛けてみることにした。仕事内容は、犯罪行為やそれに類似する行為が行われていないかの確認なのだが、ある程度は自動で弾くことが出来るのだが、それをかいくぐってくる不適切ワードなどの検索と追加などが主な業務だ。

 ただ、ちょっと変わりもので時間に余裕のある者同士なので、利用者のログを無制限で見せることはせず、禁止ワードの前後数分間のログだけを見せることにしたのだ。友人たちはログを全て見たいと言っていたのだけれど、その為には今とは違う守秘義務契約書と誓約書にサインをしてもらうと伝えたところ、それなら諦めると言って監視業務に戻っていったのだった。明らかに誰かに言いふらすつもりだという事がわかったのだが、友人だからと言って無条件で信用しなくて良かったなと心から思った。


 だが、僕の姉さんに恋愛アプリの事を知られると、そのアプリの中でどんなやり取りが行われているか見せろとしつこく迫られた。教師が生徒のプライバシーを丸裸にするのはどうかと思うし、そんな事をしても自分が辛くなるだけだろうとは思ったが、そんな事を言っても通じるような人ではない。

 なんでも、姉さんのクラスでいじめがあったらしく、恋愛アプリがいじめを助長しているのではないかと偏見を持っているそうだ。もし仮に恋愛アプリを使っていじめが助長されていたとしても、それはアプリが悪いのではなく使う側の問題なのだ。多少は運営にも責任はあると思うが、それを言ってしまえばLINEだってインスタだってなんだってアプリが悪いことになるのだ。

 姉さんも初めて受け持ったクラスで一杯一杯なのはわかるのだが、そのいら立ちを僕に向けてくるのはやめて欲しいと思った。

 そんな風に思って何となく姉さんからもらった名簿をもとに生徒たちの情報を見てみると、姉さんのクラスで両想いになっているのは一組だけだった。その一組は不思議な事に女子同士で、両想いになってから結構時間が経っていた。二人でも頻繁に出かけているようで、ポイントの利用も割と多い方だと思う。

 田舎の高校ではないのでそれなりに生徒もいるので一組だけしかカップルがいないのは登録者が少ないだけかと思ったが、男子のほとんどは宮崎泉という生徒を登録し、女子のほとんどは奥谷信寛という生徒を登録していた。どちらの生徒も圧倒的一番人気ということになるのだが、宮崎泉は奥谷信寛を登録しているのに対し、奥谷信寛は山口愛莉という生徒を登録していた。ちなみに、山口愛莉という生徒は姉さんのクラスで唯一のカップルなのだが、そのカップルは女子同士なのだ。奥谷君の恋はきっと結ばれることは無いだろう。


 いつだったか忘れたのだが、姉さんから頼みごとをされた。

 宮崎泉は奥谷信寛の事が好きなのだが、奥谷信寛にはその気持ちに答えるつもりは無いようだ。それでは宮崎泉があまりにもかわいそうなので、奥谷信寛の代わりにメッセージのやり取りをしてくれ。そのやり取りは何らかの形で奥谷信寛にも伝えて欲しい。それが出来れば宮崎泉と奥谷信寛が無事に結ばれると思う。

 そんな事を言われたのだけれど、僕にはそれをやったところで二人が結ばれるとはとても思えなかった。何よりも、そんな事をしても誰も幸せにならないだろうと思っていた。


 思っていたのだが、何日か奥谷信寛の代わりに宮崎泉とやり取りをしていると、不思議なもので会ったことも無い相手に対して情がわいてきてしまった。向こうは僕の事を奥谷信寛だと思っているようなのだが、その相手は全くの別人で担任の弟だという事は伝えることが出来ない。


 でも、僕は不思議とそれでもいいのではないかと思ってしまった。その好意が向けられているのは僕ではないにしろ、僕と恋人同士のようなメッセージのやり取りをしているのは紛れもない事実なのだ。

 僕は、宮崎泉の事を好きになってしまったかもしれない。

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