第十五話
「で、校長っていったい何の用で奥谷の家までわざわざやってきたの?」
「ほら、俺が襲われたって事件があっただろ。それ関連だよ」
「へえ、殴られて入院した方が退学って不思議な話ね。もしかして、入院費用を払えなくて自主退学になったとかそんな話なの?」
「違うって。俺は退学にもならないし停学にもならないよ」
「そうなんだ。それなら良かったんだけどさ。奥谷って、最近宮崎と仲が良いみたいだけど、二人って本当は付き合ってるんじゃないの?」
「いやいや、俺と宮崎が付き合ってるわけないじゃん。山口は知ってると思うけど、俺と宮崎がちゃんと話すようになったのって高校三年生のこの時期になってからだぜ。今までろくに会話もしたことないのに好きになるとかおかしいだろ」
「でもさ、ずっと片思いしてたとかあるかもしれないじゃん」
「そんなことは無いだろ。俺は別にそんな目で宮崎の事を見たことなんて無いよ」
「バカね、あんたの事じゃなくて宮崎の事を言ってるのよ」
「それこそあり得ないだろ。宮崎みたいなやつがなんで俺を好きになるんだよ。あいつはもっと年上のしっかりしたやつか年下のちょっと抜けたような奴が似合うと思うんだけどな。俺はそう言ったタイプでもないからな」
「その決めつけって誰が言ってたの?」
「いや、俺が勝手に思ってるだけだよ。なんか、宮崎って見た目は良いからそういうのがあってるんじゃないかなって思っただけだからな。あいつの性格とかよくわからないし、俺はきっとあいつの事を理解することは無いんじゃないかな」
「へえ、やっぱり奥谷って女よりも男が好きなんだね。ずっと白岩と田中と三人で一緒だから怪しいとは思ってたんだよね。別に私はそれでもいいと思うけどさ、あんまり人前でそういうのを出さない方がいいと思うよ。私みたいにそういうのに理解のある人ばかりじゃないんだしね」
「おいおい、それは無いだろ。俺と宮崎が付き合う確率よりもその妄想が現実になる確率の方が低いって」
「それって、奥谷は宮崎と付き合いたいってことを言ってるのかな。それならそれでいいんだけど」
「違うって、仮の話。俺は少なくとも宮崎とは付き合わないよ」
「なんで、奥谷と宮崎が付き合ったらいいなって河野が言ってたよ」
「河野にそう言われても俺は別に宮崎の事なんて興味無いよ。それにさ、そういうのって誰かに言われたから好きになるってもんでもないだろ。山口はそういうの無いのかよ」
「私か。私は好きな人いるよ。でもさ、そういうのってあんまり大っぴらにするもんじゃないと思うんだけど、奥谷って私の好きな人が誰か気になったりするのかな?」
「そりゃ、気になるよ。俺はこうやってたまに山口と話してきたけど、そういう感じの話って今まで一度もしてきた事ないからさ。やっぱり気になるじゃん」
「そっかそっか、奥谷は私が誰の事を好きになっているのか気になっているんだね。特別に教えてもいいんだけどさ、その前に誰にも言わないって約束してくれるなら考えてあげてもいいかもね」
「俺が山口の秘密を誰かに漏らすわけないだろ。それに、俺は純粋に知りたいだけだから」
「そうだよね。そんなに真剣な目で真っすぐに見つめられたら私も素直に教えたくなっちゃうな。でもね、そんなに前のめりになって顔を近付けられると、周りの人は奥谷が私にキスしたいのかなって思っちゃうんじゃないかな」
「え?」
俺は無意識のうちにテーブルに手をついて山口の方に思いっきり顔を近付けていた。本当に無意識だったのだけれど、我に返った俺が自分のいる位置を確認したところ、とんでもなく顔が熱く感じるくらい恥ずかしくなってしまった。
「さっきも言ったけどさ、私は周りの人に誤解されても奥谷がその相手ならいいって思うけどね。でも、キスしようとしたのはちょっと引くかも」
「キスしようとなんてしてないって。確かに、ちょっと前のめりになりすぎたとは思うけどさ、本当にそれは誤解だから」
「じゃあ、私がキスしようって言っても断るってことだよね」
「え、山口がそんなこと言うわけないだろ。何言ってんだよ」
「いやいや、奥谷のニヤケ顔気持ち悪いかも。そういう想像やめてもらってもいいかな」
「ちょっと待てって。想像させるようなことを言ったのは山口だろ、でも、自分でも気持ち悪い顔してたのはわかってしまったから反省するよ。ごめん」
「わかればいいんだけどさ。で、奥谷ってなんで校長を家に呼んだの?」
「それはさ、さっきも言ったけどあの事件の事で校長が俺の家までやってきたんだよ。山口は誰にも言わないと思うから言うんだけど、俺を殴ったやつって校長の息子らしいんだよね。俺は後ろから思いっきりやられたんで見てないんだけど、吉原と瀬口の証言でそれそ教えてもらったんだよね」
「そうなんだ。奥谷も災難だけどさ、校長もある意味災難な感じなんだね」
「だよな。で、校長の家族の話って知ってる?」
「校長の家族って、ずっと前に奥さんと子供たちが事故で無くなったってやつ?」
「そう、それ。俺はそれを知らなくてさ、俺の親父もなんだけどさ。最初は絶対に許してやるもんかって思ってたのに、ちょっとそういう話をされると同情しちゃうっていうか、あんまり大げさにしたくないなって思ったんだよね。ま、俺が何もしなかったとしても他にも被害者はたくさんいるわけだし、それなりに罰は受けるんじゃないかな」
「まあ、校長の家族はかわいそうな事故だったと思うけどさ、それと奥谷が暴行を受けたってのは別なんじゃないかな。奥谷はもっと怒ってもいいと思うんだけど」
「そうなんだよな。俺ももっと怒りたかったって気持ちはあるんだけどさ、ちょっと怒る気になれなくなっちゃったんだよね」
「なんだかさ、そう言った優しさは奥谷らしいっちゃらしいんだけど、必要のない優しさなんじゃないかなって思うよ。もしも、奥谷が許したことで犯行がエスカレートして殺人事件になったりしたらどうするのさ?」
「さすがに人を殺したりはしないだろ。そこまで行ったらヤバいを通り越して完全に危ない人間だってことになるもんな。でも、そうならないことを願うよ」
「でもさ、校長がわざわざ家まで出向いてきたって事は、何か見返り的なものがあったんじゃないの?」
「まあね。それは多少はさ」
「もしかして、今までの遅刻を免除してもらえるとか、赤点をとっても補習は軽くで済ませてもらえるとか?」
「そういうのじゃないんだよな」
「じゃあ、バカでも入れる大学の推薦を貰えたとか?」
「俺みたいなやつを推薦で入れる大学ってちょっと心配になるかも。俺って、勉強は本当に出来ないから進学しても勉強についていけなくて困っちゃうかもしれないな」
「大学はさ、高校までの勉強と違って自分の好きな事を学べるから今とは違った才能が見つかるかもしれないよ。確かに、奥谷は普通に勉強が出来ないって感じだけどさ、得意な事がいくつもあるんだからそれを伸ばす方向で考えるのもいいんじゃないかな」
「まあ、進路はまだ何も考えてないんだけど、そういうのじゃなくて、もっと直接的なものを貰っちゃったんだよ」
「へえ、もしかして、金一封ってやつ?」
「そう。そんな感じのやつ」
「そうなんだ。ところでさ、奥谷って進路はまだ決めてないって言ってたけど、大学に進む気はないの?」
「どうだろう。正直に言って、大学って何をするのか全く理解してないんだよね」
山口は俺が受け取った金の話には興味は無いようで、俺の進路をしきりに気にしてきた。山口は校長が俺に大学の推薦を与えようとしていると考えたのは金よりも大学の事の方が気になっているからなのだろうか。それにしても、金一封を貰ったって言ったらどれくらい貰ったか気になるもんじゃないのか?
「私も大学について何でも知ってるってわけじゃないんだけどさ、奥谷が楽しく学べる場所もあったりするんじゃないかなって思うんだよね。今は演劇を真面目にやってるみたいだしさ、大学で本格的にそういうのを学ぶってのもありなんじゃないかな。他にもスポーツだったり全く関係ない事だったり色々と選択肢はあると思うんだけどな」
「へえ、山口って勉強が得意だから頭のいい大学に行くのかと思ってたけど、そっちの方にも興味あるんだ」
「いや、全然ないけど。私にとって勉強以外はどうでもよかったりするよ」
「え、じゃあ、なんでそんな事を知ってるの?」
「それはさ、奥谷にそういうところもあるよって教えたかったからなんだけど」
「どうして?」
「いや、高校までこうしてずっと一緒に勉強してきたわけだし、どうせならもう少し近くで勉強しておきたいかなって思ったからね」
「それってさ、俺に山口と同じ大学を受けろって事?」
「それは無理でしょ。あんたの学力じゃ受験すら出来ないんじゃないかな」
「そんなわけないだろ。受験くらいなら出来ると思うけど」
「そりゃさ、受けるのは自由だと思うけど、その費用が丸々無駄になるだけだと思う。それに、受けるなら別の大学がお勧めだよ。もしかしたら、そっちなら入れるかもしれないし、校長に頼めば推薦ももらえるかもしれないよ」
「でもさ、大学を受けるにしてもさ、別々の大学だったら意味無いんじゃないか?」
「それがさ、そんな事も無いんだよね。私が受けようと思っている大学と奥谷に進めようと思っている大学って、そんなに遠くないんだよ。もしも、二人とも受かったとしたら、近所で家を探せばいいしね」
「へえ、大学ってそんなに近くに色々あったりするんだな」
「ま、東京だからってのもあるんだろうけどね。それでもさ、奥谷だけ受かって私が落ちるって可能性も有ったりするんじゃないかな」
「いやいや、さすがに俺が受かって山口が落ちるとかは無いだろ」
「でもね、私が受けようと思っているところって、日本で一番難関だからな」
「え、それはもしかしたらもしかするかもしれないな。でも、山口なら大丈夫な気がするよ。俺には無理でも山口なら全然余裕って気がするからさ」
「そう思ってくれるのはありがたいんだけど、今はまだ受かるかどうか半々くらいの確率なんだよね。これから何があるかわからないしさ」
「でもさ、半々って結構凄くないか。俺は受験すら無駄だって言われたのに、受かる確率が半々って凄いって」
「ま、それはこれから地道に頑張っていくさ。それでさ、本題なんだけど、奥谷って宮崎とは恋愛アプリでやり取りしてるんだよね?」
「ああ、そうだけど。それがどうかした?」
「それってさ、恋人同士じゃないって言ってたけど、嘘じゃないよね?」
「うん、友達同士でやり取りするとポイントがメッチャ貯まるって言われて友達何とか登録ってやつをやっただけだからな。最初のうちは俺も宮崎に返事を返したりもしてたんだけど、最近は受信する専門になってるんだよね。ほら、今日だって宮崎からたくさんメッセージ着てるんだよ」
俺はこうして山口とあっている間にも届いている無数のメッセージを見せた。さすがに送ってきた内容を見せるのは申し訳ないと思ったので、トーク画面の未読メッセージ数を見せたのだ。
あまりの件数の多さに驚いたのか、山口は今まで聞いたことのないような声で驚いていた。
「うわ、びっくりした」
「だろ。こうしているだけでも結構な件数のメッセージが届いているからな。でもさ、そのおかげでポイントが貯まってるって言ってたからな。そう悪いもんでもないんだろうな」
「でもさ、奥谷も意外とせこい真似するよね」
「そうかな。でも、俺ってあんまり返事を返したりするのって得意じゃないんだよね」
「それは知ってるよ。いや、そうじゃなくてさ。狙ってやったわけじゃないって事?」
「何が?」
俺は山口が何を言っているのかわからなかったのだけれど、こうして話している間にも宮崎から数件のメッセージが届いている。
何かおかしなことでもあったのだろうかと思って画面を見てみると、俺はとんでもないミスを犯していた。これはありえないミスだ。
「ねえ、その画面を私に見せるのって、どんなアピールだよ」
「いや、そういうつもりじゃなくてさ。違うんだよ」
「へえ、奥谷って私の事を好きなんだろうなってうすうす気づいてはいたけどさ、そういう手段に出るのってどうなんだろうね。逆に男らしいって思った方が良かったりするのかな?」
「いや、本当に違うんだって。そういうつもりじゃなくて、これには何の意味も無いから」
「じゃあ、その画面に映し出されている片思いの相手が私なのって、ただの間違いって事なのかな?」
「いや、そう言うわけでもないけど」
「ふーん、前々から気付いてはいたけどさ、こんなにハッキリとアピールされちゃうと困っちゃうな。すぐには返事は出せないけどさ、奥谷の気持ちは受け取っておくよ。でも、なんだか今日は気まずくなっちゃったから帰るね。ごめん、ここの分は後で払うからさ」
「こっちこそごめん。そんなに深く考えなくていいからさ。それに、俺は校長から見舞金を貰ったからお金の事は気にしなくていいから」
「いやいや、そういうお金はこういう事で使っちゃだめだよ。いざというときのためにとっておかないと。でも、今日だけはお願いするよ」
「ああ、気にしなくていいからさ」
俺はあまり恋愛アプリを使っていなかったせいで仕様を理解していなかった。トーク画面で操作をせずに待機状態になっていると、自分が片思いとして登録している相手の情報が出てくるとは思ってもいなかった。
何のためにある機能なのかはわからないけれど、俺が山口を好きだという事が山口本人にバレてしまったのは痛恨の極みである。万が一、お互いに目的の大学に合格して一人暮らしを始めたとしたら、その時はちゃんと告白しようと思っていたのだけれど、その前に事故的な形で告白をしてしまった。
俺は山口が返ってからもしばらくの間一人で色々と考え事をしてしまっていた。俺が考え事をしても何も纏まらないというのは知っているけれど、今は何でもいいから山口と変な関係にならない方法を見つけ出したい。だからと言って、誰かに相談できる話でもないので困ってしまった。
喫茶店での会計を済ませて家に戻ると、日曜にしては珍しく出前の寿司をとっていたようだった。
食事中も風呂に入っている間も漫画を読んでいる間もゲームに熱中している間も横になってウトウトとしている間も、お構いなしに宮崎からのメッセージが送られ続けていた。今日もたくさんメッセージが届いているんだろうなと思っていたのだが、返事を返さないことに少しだけ申し訳なさを感じながらもスマホの画面を見てみると、そこには見慣れない物が表示されていた。
「おめでとうございます。あなたは好きな方と両想いになれました」
俺は目に入ってくるその文字の意味を考えていた。そして、その文字の意味を理解した時には今まで出したことのないような声が思わず出てしまっていた。
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