第十二話

「つまりだ、君が襲われた現場には竜司と呼ばれている男がいたという事で間違いないわけだね」

「はい。俺はその人の事を初めて見たんですけど、瀬口が竜司さんって言ってたから間違いないと思います」

「ちなみになんだが、その男はこの写真の人物で間違いないかな?」


 男が俺に差し出してきた写真を見てみると、あの場所にいた男が写っていた。


「あ、この人で間違いないです。俺に宮崎を呼べって命令してきたのはこの人ですから」

「宮崎ってのは君の同級生かな?」

「はい、ウチのクラスの女子なんですけど、その時の俺はスマホを持って行ってなかったんで断りました」

「それで、この男はその女子を呼んで何かしようとしていたのかな?」

「たぶんなんですけど、宮崎を呼んで卑猥な事でもしようと思ってたんじゃないでしょうかね。なんか、下品な顔で下品な笑い方してましたからね」

「そうなのか。それは全くよくない事だな。ちなみになんだけど、この男の事で何か知ったことは無いかな?」

「一緒にいた瀬口が校長の子供って言ってたと思います。校長って、もしかして」

「おっと、それ以上は詮索しない方がいいと思うよ。もっとも、君の考えていることは間違っていないと思うがね。さて、井上先生は奥谷君の話を聞いてどう思われますかな?」

「どうと言われましても。この生徒の記憶が間違っているという可能性も少しはあると思いますし、断定するにはまだ早いのではないかと思うのですが。それに、その場にいたのが仮に私の息子だったとして、奥谷君を襲ったのは別人という可能性の方が高いのではないでしょうか」

「別人と言いますと、こちらの生徒の瀬口君と吉原君がやったと井上先生はおっしゃるのですか?」

「そう言うわけではなく、暴走族の他のメンバーがやったという可能性もあると思うのですが」

「つまり、それは、井上先生の息子さんが暴走族に加入しているという事をお認めになったという事でしょうか?」

「そう言うわけではなのですが」

「となりますと、井上先生は自分の息子よりも自分の学校に通っている生徒の方が怪しいとおっしゃりたいという事でよろしいのでしょうか?」

「そうは言ってないのですが、奥谷君は殴ってきた相手を直接見ていないわけですし、あの付近は防犯カメラも無く目撃者もいなかったようですし、誰が奥谷君を殴ったかという話は決着もつかないと思うのですが」

「その点を心配なさっているようですが、どうかご安心ください。目撃者がいないという事は無いんですよ。誰が奥谷君を殴ったかはわかりませんが、あの場には奥谷君の他に少なくとも三人いましたからね。井上先生の息子の竜司君と奥谷君の同級生の瀬口君と吉原君です。竜司君をこの場にすぐに呼びだすことは難しいかもしれませんが、瀬口君と吉原君は呼び出すことが出来ますよね?」

「ええ、それは大丈夫だと思いますが。早坂先生、お願いできますでしょうか」

「はい。二人を呼んできます」


 早坂先生は校長にお願いされてそのまま校長室を飛び出していった。俺は相変わらず好調を責めているこの男性が誰なのかはわからないのだけれど、俺を責めるために呼ばれているわけではないのだという事がわかってよかった。ただ、校長の苗字が井上だったという事は今の今まで思い出すことが出来なかった。隣にいる教頭の苗字は西野だったような気がするのだが、今は確信が持てないでいた。

 そんな事を考えながら校長室を見ていると、ノックの音と共に早坂先生の声が聞こえた。


 早坂先生は校長に促されて校長室へと入ってきたのだが、その後ろには吉原と瀬口が気まずそうな表情を浮かべてそこに立っていた。


「よく来てくれたね。君達に質問があるのだけど、答えてもらえると嬉しいな。先日、奥谷君が襲われた現場に君達もいたと思うのだけれど、奥谷君を襲ったのは吉原君で間違いないかな?」

「え、俺はやってないですけど」

「君が吉原君なんだね。それでは君に尋ねるが、奥谷君を襲ったのは君ではなく瀬口君という事で間違いないのかな?」

「いや、瀬口もやってないです」

「そうか、君ら二人がやってないという事は、空から鉄の棒が降ってきたとでもいうのかな?」

「空から。……そうですね。そうだった気がします」

「俺もはっきりと見たわけじゃないですけど、そんな気がします」

「そうか。君たち二人が見たというのならそれが真実なのかもしれないな。ただ、この場ではそれで誤魔化せたとしても、裁判になるとそうもいかないだろうね。裁判官というのは色々な可能性から事件を見ていくだろうけれど、君らのその話がいったいどれだけ信ぴょう性を持たせることが出来るんだろうね。もっとも、それが嘘だったとした場合、君たち二人は奥谷君に対する殺人未遂事件の容疑者としてそれなりの刑を宣告されるかもしれないね」

「ちょっと待ってください。殺人未遂だなんて大げさすぎますよ」

「そうですよ。殺人未遂は言い過ぎだと思います」

「君達は頭を固い棒状のもので殴るという事がどういう意味を持っているのかわかってないみたいだね。君達は意外と人間は頭を狙われると脆いという事を知らないのかな。今回はたまたま奥谷君は無事だったんだけど、一歩間違えればあのまま亡くなっていた可能性も有るのだよ。そうなると、君達は殺人事件の容疑者となるわけだね。もっとも、今は健康そうに見える奥谷君が明日には目を覚まさないといった可能性も有るんだけどね。それくらい頭を攻撃するという事は危険な事なんだが、君達はそれを理解していないのかな」

「いや、俺も頭を狙うのは危ないってことくらいはわかりますよ。でも、俺も瀬口もそんな事はしてないです。奥谷を殴ることだってできません」

「そうです。俺も吉原も奥谷を殴ってません」

「君達が殴っていないと言ったところで、お互いにかばい合っているようにしか見えないんじゃなかな。少なくとも、君たちの事をよく知らない私にはそうにしか見えないのだけれどね。どちらかが実行犯かわからない以上は君たち二人を主犯として捜査するしかないのかもしれないね。お互いを庇いあっていることだし、二人ともびっくりするくらい重い量刑が科せられても文句は言わないようにね」

「待ってください。奥谷を殴ったのは俺でも瀬口でもないです」

「じゃあ、誰が奥谷君を殴ったというのだね?」

「それは、言えないです」

「言えないという事は、君は奥谷君の事をを殴った相手を知っているという事で間違いないのかな?」

「いや、それは」

「どうしても言いたくないというならそれで構わないよ。もちろん、私は奥谷君が殴られた現場にいた三人の事を警察に相談して捜査を進めてもらうだけだからね。警察の取り調べは君達が一人で冷静に対応出来るものではないのかもしれないけれど、今なら二人で相談して決めることも出来るのではないかな。奥谷君を殴った犯人は瀬口君かな。それとも、吉原君かな。はたまた、二人で同時に奥谷君を殴ったのかな?」


 俺達は椅子に座ったまま早坂先生の横に立っている吉原と瀬口をじっと見ていた。二人は何度も困った顔でアイコンタクトを取り合っていたのだが、離れてみている俺にも二人の緊張は伝わってきた。俺は最初からこの二人が俺を殴っていないと思っているのだけれど、なぜ二人が俺を殴った犯人の名前を言わないのかが疑問だった。


「あの、本当に俺達は奥谷を殴ってないんです」

「そうです。俺達は奥谷を殴ることなんてしてないです」

「でもね、君たち二人以外に奥谷君を殴る動機があるものはいないんだよ。残念だけど、君たち二人が奥谷君の事を良く思っていないという情報が入ってきているんでね。君達は西森さんと山口さんの事でクラスが分断されている時に奥谷君とは違う西森さんの派閥に参加しているね。それが今回の事件の動機という事かな?」

「え、そんな事で奥谷を殴ることは無いです」

「じゃあ、君達が好きな宮崎さんと奥谷君が最近仲良くなっているのに嫉妬して殴ったという事なのかな?」

「違います。俺も吉原も宮崎の事は良いなって思ってるのは事実ですけど、俺らよりも奥谷の方が宮崎に相応しいよなって話をしてました」

「そうです。俺も瀬口も宮崎と仲良くなりたいなって思って西森の味方になったんですけど、なぜか宮崎が山口側についたって話になって混乱してるんです」

「つまり、その状況に混乱して二人で奥谷君を殴ってしまったわけだね。これは完全に殺意が立証されてしまうかもしれないね。本当に障害ではなく殺人未遂の可能性が高くなってしまったかもしれないけれど、君達はどうしてそこまでして奥谷君の事を殺したいと思ったのかな?」

「殺したいだなんて思ったことは無いです」

「そうです。俺も吉原も奥谷の事を殺したいなんて思ったことは無いです」

「君達がいくら言おうと客観的事実がそれを否定してしまうんだよな。でもね、安心してくれていいのだよ。君達はまだ若いのだから、殺人未遂で捕まったとしても老人になる前には出てこれると思うからさ」

「待ってください。本当に俺らじゃないんです」

「俺らは奥谷を殴ってないです」

「でもね、他に奥谷君を殴る理由のある人物はいないんだよ。大人しく自分の犯した罪を認めた方がいいと思うのだけどね」

「違いますって。俺も瀬口も奥谷の事を殴ってないです。俺らじゃなくて」

「お、おい。マズいって」

「マズいって何だよ。俺らの状況の方がヤバいだろ。お前は本当に黙ったまま捕まっていいと思ってるのかよ?」

「俺だって捕まるのはいやだよ。でもさ、俺らが言ったら後がどうなるかわかんないだろ」

「そうだけどさ。俺は自分がやってないことで捕まるなんて嫌だよ。正智はそれでもいいのかよ」

「俺だって信太と一緒で嫌だよ。でもよ、俺はあの人達が怖いんだよ」

「俺だって怖いよ。でも、自分がやってないことで親を悲しませることなんてしたくないんだよ。俺は本当の事を言うよ。正智だって本当は黙ってたくないんだろ?」

「そうだよ。俺だって言いたいよ。でも、あの人達は本当に恐いから言いたくないんだよ。その気持ちはわかってくれよ」

「わかるけどさ、それ以上にヤバいことになっちゃうから俺は言うよ。……奥谷を殴ったのは」

「奥谷君を殴ったのは誰だね?」

「……竜司さん。竜司さんです。竜司さんがバイクに付けてる鉄パイプで奥谷を殴りました」

「竜司さんというのはこの写真の男で間違いないかな?」


 俺が先ほど見た写真を吉原と瀬口にも見せていた。二人は黙ってうなずくと、二人を責めていた男は俺の肩をポンと叩いた。

 その行動の意味は分からなかったけれど、この人は俺の味方なんだという事が確信できた。

 それにしても、吉原と瀬口がここまで怯えるなんて何があるのだろうと思ってしまった。


「そうそう、君たちの証言は大変役に立ったよ。他にも井上竜司の事を教えてくれる人はいたんだけど、今回の君たちの話は大変参考になったね。それと、君達は彼らの報復を心配しているようだけど、そんな目に君達は遭わないから安心していいよ。君達二人は何度かあの集団を近くで見ていたようだけど、あの集団は解散することになると思うし、君達が恐れている連中は皆逮捕されちゃうと思うからね。今までもそれなりの証言は集まったわけだけど、今回のは鉄パイプも含めて決定的な証拠になりそうだよ。押収したバイクに奥谷君の血痕が残っている可能性も高いわけだし、それが無くても今まで集めた証言を重ねればしばらく外には出られないだろうね。君達にはちょっと嫌な思いをさせてしまったかもしれないけれど、これもこの町を平和にするためには必要な事だったんだ。勇気をもって答えてくれてありがとうね。さ、後は校長先生達と大人の話をしましょうか」

「吉原君と瀬口君は先生と一緒にこのまま教室に戻りましょうか。奥谷君は少し保健室で休んでから教室に戻ってもらっていいかな?」


 俺たち三人は早坂先生と一緒に校長室を出た。二人が小さい声で俺に謝ってきたのだけれど、殴ってきたのはこいつらじゃないと思っていたので、俺は二人の肩を軽く叩いて「気にするなよ」と言ってから保健室へと向かった。

 誰もいない保健室で特にすることも無かったのだけれど、早坂先生の言うとおり少し時間を潰すことにした。

 何となく見たスマホには宮崎から物凄い数のメッセージが届いていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る