第六話

 宮崎から来た招待に何となく乗ってみたのだけれど、俺は誰かとメッセージのやり取りをすることが得意ではない。したがって、宮崎とメッセージのやり取りをすることも無かったのだ。そもそも、恋愛アプリに山口の情報を登録した時以来開いていなかったし、存在自体も覚えていなかったのだ。山口が俺の情報を登録したのかなと思って確認をしようと思っていたりもしたが、両想いになると通知が来るらしいのでその必要も無いのであれば俺がアプリを開く必要も無いというわけだった。


「あのさ、奥谷にちょっと話があるんだけどいいかな?」

「ここじゃダメなの?」

「あんまり人に聞かれたくない話だからさ、ダメだったらいいんだけどさ」

「別にいいけど、すぐ終わる?」

「うん、そんなに時間はかからないと思う」

「なんだなんだ、信寛に告白でもするのか?」

「でもさ、河野って彼氏いるんじゃなかったっけ」

「そんな話を聞いたことあるかも」

「あのさ、告白とかそういう話じゃないから。お前らは余計なこと言わないで黙っててもらえるかな。ウチは奥谷に話があるだけなんだよ」

「ごめん」


 俺は河野に謝っている頼之と朋英の肩をポンっと叩いてから河野についていった。人気のない場所に連れていかれるのかと思っていたけれど着いた場所は体育館への連絡通路で意外と人の往来があった場所だった。


「あのさ、奥谷って泉の事より愛莉の事の方が好きだろ?」

「え、どういう事?」


 俺は河野の質問の内容よりも山口の事を名前で呼んでいることの方に衝撃を受けた。


「いや、ほとんどのやつは気付いてないかもしれないけど、奥谷が愛莉の事を好きだってのは知ってるよ。泉も亜梨沙も亜紀たちも気付いていないと思うけど、ウチは入学した時から気付いていたよ。泉から奥谷の話を聞くたびに、奥谷って愛莉の事を好きなんじゃないかって思ってたからね」

「話ってそれの事なの?」

「ちげーよ。これは奥谷の気持ちを確認したかっただけで、本題はここからなんだ。奥谷が愛莉の事を好きじゃないんだったらどうでもいい話になっちゃうかもしれないけど、奥谷が愛莉の事を好きだったらこれは奥谷にとっても大きな問題になると思うんだよ。もう一度聞くけど、奥谷って泉よりも愛莉の事が好きだよな?」

「なんだよ。そんな事を言う必要はないだろ。好きとか嫌いとか誰かに言う事じゃないし、俺は山口と付き合うとか考えてるわけじゃないし。いったい何なんだよ」

「まあいいや。じゃあさ、ウチは奥谷が愛莉の事を好きだって前提で話すんだけど、もしもそうじゃなかったらこの話は聞かなかったことにしてくれ。ウチのクラスのほとんどのやつが愛莉を悪者扱いしているのはわかってると思うんだけど、それって亜紀のためにやってると思ってるつもりで亜梨沙とか歩たちが暴走してるだけじゃないかって思うんだよ。あいつらは亜紀の気持ちを確認しないで愛莉を責めてると思うんだけど、それって本当に正しい事なのかなって思うんだよ。愛莉が亜紀に対してあんなことを言ったのだって亜紀が行った暴力から先生たちの目を背けるためだって考えたら見方も変わると思うんだけどさ、亜梨沙たちって自分が正しいと思い込んでるからそういう風に見ることが出来ないんだよね。奥谷って愛莉が悪いやつじゃないって知ってると思うんだけど、本当に愛莉が亜紀に対して悪意だけであんなことを言ったと思ってるのかな?」

「俺も山口が西森に対して何か貶めようとかそういうつもりで言ったんじゃないって思っているけど、どうして河野が若林とかと違う考え方で山口を見てるわけなの?」

「それはさ、ウチって見た目はこんなんだけど実はアニメとかゲームが好きなんだよね。クラスに馴染めてなかったときに同中だったダチに愛莉の事を聞いて話しかけてみたんだ。そしたら、意外とウチと愛莉って趣味が合っちゃって意気投合したんだよね。でも、愛莉って直接人と話すのって苦手みたいでメールとかチャットの方がやり取りが多かったんだ。一緒にオンラインでゲームやったり、ゲームやりながらアニメの同時視聴して感想を言い合ったりもしてたんだけど、そんな友達が今までできた事なかったから嬉しかったな。他の人には言ってないけど、ウチと愛莉ってゲーム内でカップルなんだよ」

「ゲームがきっかけで付き合ってるって事?」

「違う違う。ゲームの中で付き合ってるって事。ウチは可愛い女のキャラなんだけどさ、愛莉ってああ見えてイケメンキャラを使ってるんだよ。あれ、ちょっと待って。よくよく見てみたら、愛莉の使ってるキャラって奥谷に似てんじゃね。ほら、スクショあるから見てみ」


 河野のスマホに映し出されていたキャラクターは何となく俺に似ているような気もするけれど、じっくり見ないとわからない程度のものだった。俺に似せたキャラを使っているというのは嬉しかったけど、それが本当に俺なのかどうかというのが気になってしまった。


「ああ、一度気になったら答えが知りたくて仕方ないな。よし、愛莉に聞いてみることにしよう。奥谷に似せてたってウチは気にしないし、奥谷もあんまり期待するなよ」

「期待って何だよ。そんなんしないよ」

「そうそう、話は戻すんだけどさ。ウチはクラスのみんなで愛莉の事を仲間外れにするのは良くないと思うんだよね。でもね、もうウチがどういう風に動いたってこれは止められないと思うんだよ。亜紀だって本当はそんな風にしてほしくないって思ってるだろうし、亜梨沙たちの暴走を止めたいって思ってると思うんだよね。でも、ウチも亜紀もそんなことが出来る時期を黙って過ごしちゃったんだよ。もっと早くに気付いて動いていればどうにかなったかもしれないんだけどさ、亜梨沙も歩も茜も吉原たち男子ももう止まれないくらい勢いが付いちゃってるんだよね。先生たちにウチと亜紀で相談したこともあったんだけどさ、肝心の愛莉が先生たちにちゃんとうまく説明できなかったし、変なこと言っちゃったから誤解されてると思うんだよね。もうさ、ウチが出来ることって亜梨沙たちがやりすぎないように見てることしかないんだよ。ウチが止めることはもう出来ないんだって思うからさ、奥谷は今まで見たいに愛莉の味方でいてもらえるかな?」

「俺は誰の味方でもないし敵でもないけど、山口が困ってるんなら助けたいって思うよ」

「あのさ、こんな言い方は良くないと思うんだけど言わせてもらうね。愛莉が困ってから助けたって意味無いんだよ。困る前に助けてもらえないと愛莉が壊れちゃうかもしれないんだよ」

「いや、そう言われてもさ。山口が困ってないのに助けたって迷惑かもしれないだろ。今までだって山口は似たような状況になってても何とかしてたし、今だって本当に気にしていないのかもしれないし」

「奥谷ってさ、愛莉の事を知っているようで何にも知らないんだね。愛莉って一見強そうに見えるけど本当はとても弱い子なんだよ。以前にどういう風にいじめられてたのか知らないけど、その時も本当は辛かったって言ってたし、奥谷や泉が守ってくれたから何とか耐えられたって言ってたんだよ」

「そうだよ。俺が助けるよりも先に宮崎が助けになるって。宮崎って困っている人をほっとけないタイプなんだから、今回だって山口の味方になってくれるんじゃないかな」

「あのね、そんなことが出来るのならウチは奥谷よりも先に泉に話してるって。それが出来ないからウチはわざわざ奥谷に話しているんだよ。奥谷は泉が山口の事が嫌いだって知らなかったでしょ?」

「え、そんなはずないだろ。高校に入ってから仲良くしているところはみてないけど、あいつらってそんな感じじゃないと思うんだけど」

「本当にあんたは鈍いのね。泉が好きなのはあんたで、あんたが好きなのは愛莉なの。泉もあんたが愛莉の事を好きなのは薄々感じてはいると思うんだけど、その直感を信じてはいないと思うのよ。で、その気持ちを亜梨沙たちが利用して泉も山口に敵意を向けるように仕向けてると思うんだよ。男子たちは軽い気持ちで亜梨沙たちに加わってると思うんだけど、女子って意外とそういう恐い面があるからね」

「それはわかったんだけどさ、仮に俺が山口の事を好きだったとして、どうしたらいいと思う?」

「仮にね。ま、いいわ。愛莉の中で奥谷と泉は数少ない仲間のよ。もちろんウチも仲間ではあるんだけど、直接助けることは人間関係もあるし難しいんだ。でも、もしもの時は愛莉を守るつもりだからね。それでさ、奥谷はどんな時でも愛莉を守ってほしいの。クラス中、学校中が愛莉の敵になったとしても、奥谷は最後まで愛莉を信じて守ってほしいの。ただそれだけでいいの」

「守るって、どうすればいいわけ?」

「吉原たちが愛莉に詰め寄った時みたいにしてくれればそれでいいよ。ウチはゲームやりながら愛莉の心を守るんで、奥谷は何かありそうなときに愛莉の身を守ってくれればいいよ」

「わかった。でもさ、俺一人だけだったら守り切れないかもしれないな」

「おいおい、そんな時は俺達を頼ってくれていいんだぜ」

「ま、頼りないかもしれないけどな」

「ちょっと、あんた達って盗み聞きしてたわけ。最低ね」

「まあまあ、そう言うなって。俺達は山口の味方ってわけじゃないけどさ、信寛が山口を守るって言うんなら協力するぜ」

「だな、喧嘩とかはしたくないけどさ、山口だけが悪いってわけじゃないし一人をみんなでいじめるってのはよくない事だもんな」

「あんた達、少し見直したかも」

「もっと見直してくれていいんだぜ」

「それにしてもよ、若林がそんな事を考えてるなんてショックだったな。巨乳の人間に悪いやつはいないって思ってたんだけどな」

「何だよそれ。そんな事を言ったら、俺は泉ちゃんが信寛の事が好きだって事の方がショックだよ」

「お前らって宮崎が信寛の事を好きだって感じてなかったのか。意外と鈍いんだな」

「もう、そういうのは後で勝手にやってていいから。ウチは直接愛莉を守ることが出来なんでお願いします。ウチは出来るだけ愛莉の心を守るから三人は何も無いように愛莉を守ってください」


 俺たち三人はそれぞれ顔を見合わせた後にうなずくと、河野が安心するように笑顔で答えた。二人が本当はどう思っているのかなんてわからないけれど、俺はどんなことがあっても山口を守ってやらないとなと思っていた。


 山口って俺に似ているキャラクターを作っていたみたいだし、もしかしたら俺の事が好きなのかもしれないしな。

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