第16話

「それにしてもさ、ずっと一緒の学校で高校まで同じクラスになったのにさ、こうして二人で話すのって初めてだよね。俺も宮崎もあんまり積極的に異性と話すタイプじゃないっていうのもあるんだけどさ、もう少し前から話しておけば良かったなって思ってるよ」

「それってさ、山口さんの事でそう思ってるの?」

「まあ、それもあるんだけどさ。どちらかと言えば、宮崎って俺が思ってたよりもずっと話しやすいなって思ってたんだよね。朋英が宮崎と話をしてみたいって言ってたんだけどさ、なかなか話しかけにくいって言ってたから俺まで話しかけづらくなってたんだよね。でもさ、宮崎って俺が思っている以上にみんなの事を気遣ってるのわかるしさ、凄いなって思うんだよ。凄いなて思うんだけどさ、もっと自分の事を考えてもいいんじゃないかなって俺は思ったな。今までだってさ、俺は宮崎が沢山の人を助けてきたのを見てきたけどさ、宮崎って困ったときに誰かに助けられたって経験あったりするのかな?」

「どうだろうね。私が困った時ってあんまりなかったけど、ちょっとしたことでも困ってたら助けてくれる人はいっぱいいたよ。奥谷君も気付いていないだけで私を助けてくれていたこともあるし、山口さんは……無かったかもしれないけど、私が気付かないだけで助けられていたかもしれないしね。それにさ、私だって困ったときは誰かに頼るんだから心配しなくても大丈夫だよ。今はさ、もう少しで私達の高校生活も終わっちゃうんだし、最後に嫌な気持ちで卒業を迎えるんじゃなくて、みんなで楽しく前向きに新しい門出を迎えたいじゃない。亜紀ちゃんの事で山口さんの事を奥谷君が心配している気持ちもわかるけど、亜梨沙ちゃんたちだって受験とかあるんだから変なことしないと思うよ。もしもさ、何かやっちゃいけないことをやろうとしてたらさ、山口さんのためだけじゃなくて亜梨沙ちゃんたちのためにもそれは考え直すように説得するからさ」

「そうだよな。俺達ってよくよく考えてみたら受験生だもんな。頼之も朋英も進路はまだ固まってないし、俺もどうしようか迷ってる段階だから全然実感なかったけど、あと少しで本格的な受験も始まるんだよな。今からだったら受けられるところも限られているだろうし、俺も宮崎も厳しい戦いにはなりそうだよな。俺も山口みたいに頭が良ければよかったんだけどさ、勉強ってどうも苦手なんだよな」

「私も同じく勉強は苦手なんだよね。それにしてもさ、山口さんってどうしてウチの学校を受験したのかな?」

「それなんだよな。山口って中学の時も勉強できてたし、あいつくらい頭が良ければウチの市内の学校だったらどこでも受かったと思うんだよな。もしかしたら、有名な私立とかも受かったかもしれないのにさ、なんでうちの学校選んだんだろうな。あいつって、部活も興味無いみたいだし、特別うちの学校じゃないと出来ない事もないし、家からだってそんなに近くないもんな。なんで選んだのか気になるよな」

「ねえ、この質問に深い意味は無いんだけど聞いてもらってもいいかな。奥谷君と山口さんってどっちが先に志望校を決めたのかな?」

「えっと、俺よりも先に山口が学校決めてたはずだよ。担任の山本から他の学校も狙えるってしつこく言われてたのを俺は何度も聞いてたからな。俺は俺で選択肢が少ないなりに考えてみたんだけどさ、ウチの学校だったらバスケもサッカーも野球もそこそこ活気があったからいいなって思ったんだよね。正直に言うとさ、甲子園とかインターハイとかを本気で目指すような学校はいやだったんだよね。俺は自分で言うのもなんだけど、そこそこ運動は出来たから頑張ればなんとかなったかもしれないんだけどさ、小さい時からずっと本気でやってきた奴らに囲まれると何も出来なくなっちゃうんだよね。そいつらの中ではそこそこできる程度の奴なんて初心者と変わらない感じなんだと思うんだよ。中学二年の時の大会でそれを思い知って運動部が俺には合わないって気付いたんだよね」

「それで演劇部に入ったってわけなの?」

「ああ、ちょっと違うんだよな。俺は演劇とか全然見た事なかったし、ドラマとか映画もほとんど見た事なかったんだよね。芝居ってのがどういうものなのか理解出来てないんだけどさ、みんなで道具とか作ったり脚本を考えたりして一つの舞台を完成させるのってスポーツで試合に勝った時とは違う達成感があるんだよね。で、俺はずっとそれってスポーツでしか感じられない事なんじゃないかなって思ってたんだけど、演劇ってさ賞とかあるらしいんだよ。俺はまだそういうのに向けて何かしたことって無いんだけどさ、誰かに認められるよりも先にみんなで一つの物を作り上げたって達成感が凄いんだよ。それは、勝ち負けじゃないそれ以上の何かなんじゃないかなって思うんだよね」

「へえ、私って奥谷君はずっとスポーツやってて声が大きいのっぽだと思ってたけど、そんなに真面目に考えてたんだね。一つの事にそれだけ打ち込めるって、なんだか凄いな」

「って思うだろ。実際はそうなんだよ。俺は達成感は味わったことはあるんだけど、周りと比べてまだまだ演技もへたっぴだし、自分の伝えたいこととかセリフにはない見えない部分を伝えきれてないと思うんだよね。ちなみに、俺が言った事って先輩が面接で部活について聞かれた時に答えるといいよって教えてくれたやつね。どう思った?」

「なんだ。奥谷君って冗談とかも言うんだね。ずっと同じ学校に通ってたのに知らない事いっぱいあるんだね。これから先の進路は別々になっちゃうかもしれないけど、こうして少しでも奥谷君の事を知れて良かったよ」

「そうだな。俺も宮崎の事は全然知らなかったもんな。朋英とか頼之とか他の奴から聞いてたイメージだともっと話しにくくて女子代表って感じだと思ってたんだけどさ、普通に会話してくれるから全然話しやすいよな」

「普通に会話って、それは当たり前の事じゃない」

「いや、それがそうでもないんだよ。山口なんて俺と普通に会話してくれたことなんて数えるほども無いと思うよ。今日だって向こうから何も話題を振ってこなかったしな。俺だけじゃなくて宮崎が一緒にいたから多少は話しやすかったのかもしれないけど、普段だったら一言も話さずに帰ってたかもしれないな。いや、そもそも誘ってもここには来てなかったと思うよ。もしかしてだけどさ、山口って宮崎ともっと仲良くなりたいのかもな」

「それはどうなんだろうね。私は山口さんの事は何も知らないけどさ、ちょっと変わってる子だなとは思ってたよ。思ってたんだけどさ、亜紀ちゃんに向かって言った事っていったい何だったんだろうなって思うんだ。説明を聞いたところで意味は全く分からなかったしね。でも、私が思ってたよりも山口さんはずっといい子だったんだなってここ数日で思うようになってきたよ。亜梨沙ちゃんも歩ちゃんも茜ちゃんもいい子だからさ、そんないい子たちが揉めたり喧嘩したりしないように見張っておくよ。男子たちは奥谷君に任せてもいいかな?」

「もちろんだよ。俺は正直に言って、女子にどうやって接していいかわからないんだよね。部活の仲間ならある程度の距離感ってわかるんだけどさ、クラスの女子たちってあんまり話したことが無いからどんな風にしたらいいかわからないんだよね。朋英とか信太達みたいにもっと気軽に話しかけてもいいのかなって思うんだけどさ、あいつらって普通に女子から馬鹿にされてるだろ。俺もそうなっちゃうんじゃないかなって思うとさ、なんか話しづらいんだよな」

「奥谷君だったら大丈夫だと思うよ。奥谷君に話しかけられたら嬉しいと思う女子はたくさんいるはずだし、田中君とか吉原君に話しかけられるのとは全然違うんじゃないかな」

「そっか、それならいいんだけどさ。でも、まだ他の女子に話しかけるのは躊躇っちゃいそうだよ。あのさ、学校でもこうして宮崎と話をしてもいいかな?」

「え、全然いいよ。何だったら私達と一緒にお昼食べたりする?」

「いやいや、さすがにそこまでは難しいかもな。朋英だったら喜びそうだけど、あいつを喜ばせるために一緒に飯を食うのってなんか嫌だな」

「私もそれはあんまり嬉しくないかもな。じゃあ、そろそろ私も行こうかな」

「あれ、紅茶のお代わりは良いのか?」

「うん、たくさんいただいたし、これ以上飲んだらお腹がタプタプになっちゃうよ。」

「そうだったのか。今日は長々とごめんな。それと、山口の件はよろしくな。これを頼めるのって今は宮崎しかいないんだよ」

「うん、私に頼っていいんだからね。でもさ、私が困ったときは助けてくれると嬉しいな」

「ああ、その時は全身全霊をかけて助けに行くよ」


 この場に山口はいない。それでも奥谷君はさっきと同じような笑顔を向けてくれた。私に向けられた笑顔が山口の事を思ってだったとしても今はどうでもいい。その笑顔が私に向けられているという事実が今は大事なのだ。

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