第8話 バグ・ファインダー

 病室の窓から差し込む柔らかな光を浴びて起きた私は、庭に生える1本の大きな桜の木を観察した。今年で見るのが最後であろう満開の桜の姿を、死ぬ前にこの目に焼き付けておきたかったのである。


 面会予定時刻を迎えようという頃、1人の男が部屋の中に入ってきた。彼は、全身を黒いスーツで固めている。私は彼が聞きたかったであろうことを少しずつ話すことにした。


 私の名前は……、いいえ、言う必要はなさそうね。あなたも病室の扉の名前プレート見たでしょ?ええ、それが私の苗字。私の取り入れたテクノロジーは、バグ・ファインダー。自分にしか使えないけど、身体のどこが悪いか正確に把握できる便利なテクノロジーよ。例えば、腹痛が症状として現れたとする。普通なら、お腹が痛いということまでしか判明しないけど、このテクノロジーを使うと、お腹のどのあたりで異常が発生しているのか、その場所や範囲、あるいは発生源まで詳細に分かるの。だから、お医者さんに詳細に症状を伝えるうえでこのテクノロジーは私にとって、欠かせないものだったのよ。


 でもね、ある日、そのバグ・ファインダーが壊れてしまったの。何の前触れもなかったし、壊れた理由も分からない。それから、症状を言葉でうまく伝えられなくなった私の体調はどんどん悪化していった。今ではわかるでしょ?骨と皮だけの状態とまではいかないけど、とてもやつれているわ。鏡に映したら、きっとひどい有り様ね。


 そして、私はつい先日、余命宣告を受けた。30日ですって。どう?あなたにとって、30日は短い、それとも長い?まあ、感じ方は人それぞれね。少なくとも、今の私には短く感じられる。もうすぐ、私の人生終わるんだって感じるようになったのも余命宣告を受けてからだわ。だから、せめて人生の最後くらいは後悔せずに生きたいなって思って、日々を大切に過ごすことに決めたの。


 そう話してくれた彼女は、それから3週間後に亡くなった。病院関係者によると、綺麗な死に顔だったという。自分も彼女のように限られた時間を無駄にしない人生を歩みたい。俺はそう考えるのだった。

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