第81話 ゴーレム狩り⑤~終わりの風景を魔女は歩く~

私様わたくしさまを歩かせるなんていい度胸してますわ」



 猫耳の娘の姿で、黄金の魔女は不満さを隠そうともせず、むすっと口をとがらせていた。


 じゃらじゃらと装飾品をぶらさげて、明らかに森の中を歩くような格好ではない。それも、の中は特に。



「仕方ないじゃろう。わしのこまは皆、ゴーレムに殺されてしまったのじゃから」


「だらしがないですわね。私様のもお貸ししたというのに、全部だめにしてしまって」


「いやぁ、強かったの。あれだけ強烈な呪いをかけたというのに、まったく死なん。さすがゴーレムといったところかの」


御託ごたくはいいんですの。で、肝心かんじんのゴーレムの亡骸なきがらはどこにあるんですの?」


「あっちじゃ」


「はぁ、まだ歩くんですの」


「歩くのが嫌ならついてから接続すればいいじゃろうに」


「この子お気に入りだから、こんな危ないところをあなたなんかと一緒に歩かせるなんて嫌ですの」


「信用がないのぉ」


「だいたい、あなた、何でそんな人形を使っているんですの、破滅卿?」


「だから、全部殺されてしもうたのじゃ」



 破滅の魔女は、くぅんと鳴きながら、四本の足を器用に繰り出した。ひたいに三日月の紋様のある狼、三日月狼という種だが、そんなことを魔女たちは知らないし、興味はない。



「あなたのお気に入りのあの子もやられてしまいましたの? ほら、女の冒険者の」


「それがの、子供をおちょくるのに夢中になっていたら、火炎龍にぺしゃんこにされてしもうた。いい駒じゃったんじゃがの」


「え? 火炎龍なんていたんですの?」


「あいつら、他人の争いに介入かいにゅうしたりするような種でないのに、ふらっと遊び感覚で来よって。ほんと、忌々いまいましい」


「計画が杜撰ずさんなんですのよ。そんなことで、ちゃんとゴーレムは倒せているんですの?」


「それを確かめに行くんじゃろうが」


「はぁ。私様は、ちゃんと倒して、私様のもとまで運んでくれることを想定していましたのに」


「まぁまぁ、金ぴか姉様。たまには運動もいいじゃろう」


「うるさいですわ」



 二人は、いや、一人と一匹は、灰の森の中を歩いて行った。森だというのに、やけに視界が開けている。木々が倒れ、緑の色はなく灰色一色。空にられた晴天の青が、無駄にきれいだ。


 しばらく歩いたところで、破滅の魔女は足を止めた。



「十日か。三十日はかかると思っておったが、意外と時間がかからんかったの」



 そこにあったのは巨大な岩であった。知らなければ、何かわからなかっただろう。ただ積み上げた岩。そこに命の燈火ともしびはない。あるわけがないのだ。ここには灰と岩しかないのだから。



「本当にこれがゴーレムなんですの?」


「見てわからんのか」


「わからないから聞いているんですの。ただの岩じゃありませんか」


「岩じゃよ。ゴーレムじゃもの」


「美しくありませんわね。もっとスタイリッシュなものを想像しておりましたのに」


「わしはだいたい想像通りじゃがの」



 呪いのせいで、破壊と再生を繰り返したゴーレムは、手も足も頭もわからない。確かに黄金の魔女の言う通り美しいとは言えず、岩の羅列られつと化している。


 しかし、そうでもしなければ勝てなかっただろうと、破滅の魔女は思っている。黄金の魔女に文句を言われる筋合すじあいはない。


 破滅の魔女は、戦いが好きなわけではない。何かを失う瞬間がただひたすらに好きなだけ。だから、などと呼ばれているが、それは皆がそうではないだろうか。壮絶そうぜつなる一瞬とは、何かを得るときではなく、常に失うときである。


 そして、失った後の、何もなくなった虚無きょむな空間も、また、破滅の魔女は好きであった。動かなくなった岩を見上げ、その奥に見える空の青いこと。


 終わった後の風景に、破滅の魔女は、ぬひひと、ただ笑うのであった。



「それで、こんなでかいの、どうやって運ぶんですの?」


「……、わしの駒は使い果たしたぞい」


「そんなことは聞いてませんわ。私様はどうやって運ぶのかを聞いているんですわよ」


「はぁ、これじゃから、金ぴか姉様は嫌いなのじゃ」


「文句を言うもんじゃありませんわよ。相応の報酬は差し上げているんですからね」


「まったく、さっさと死なんかのぉ、この悪辣あくらつ金ぴか魔女は」


「あはは、私様が死ぬときは世界が滅ぶときですわよ」

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