第49話 人魚の呪い攻防戦~おっさん達の大コーラス。聞くに堪えません~

 当然のごとくだめだった。


 となるだろうなと、俺ははなから失敗すると思っていたわけだけれども、意外や意外、


 人魚の歌に耐えられる時間が延びたのだ。


 正直、俺は驚いていた。こんな飲み屋で思いついたようなやり方で呪いの突破口がみつかるなんて。


 とは言っても呪いに打ち勝つことはできず、俺達は何度も挑戦した。初めてつかんだ手がかりだ。この機をのがさずいろいろ試したい。


 カラスと一緒に俺も歌った。歌はさほど得意ではないが、歌うことに効果があるらしい。それに、何もしていないよりはいいだろう。


 温泉にかって、歌って、呪いにかかって、森に打ち上げられて、そして、また温泉に浸かる。


 その繰り返し。


 三日間。俺達は歌姫の湯の攻略にいそしんだ。靴屋は休むことにした。親方には得体の知れない病気にかかった、死ぬかもしれないのでしばらく休むと伝えてある。そんな言い訳が通じるわけもないので怒り狂っているかもしれないが、知ったことか。今まで休みなんてとったこともなかったのだから、このくらい許されるだろう。


 だが、その三日間に意味があったかどうかはかなり怪しい。歌い過ぎて喉がいがいがしているけれども、まだ人魚の歌の呪いに打ち勝てていない。


 そもそもこの作戦には問題がある。


 

「なぁ、もう諦めないか?」


「何を言うんだ。あと少しだろ」


「いや、どうだろう」



 俺は温泉に浸かっている。


 何度浸かっても気持ちがいい。この温泉に住んでいたいくらいだが、今、この温泉の気持ちよさにひたる場合ではない。


 人魚の歌が聞こえてきたのを契機に、俺は歌を歌い始めた。人魚の歌を聞いて、そして、あとを追うように声をつくる。


 隣でカラスも歌い始めた。


 歌い始めた。


 もう一度言うが、そもそも


 

「ぼえ~」



 カラスが、超絶歌ヘタだった。


 ……。


 はい、終わり。


 解散。


 少しだけ呪いに耐えられる時間が長くなったのも、人魚達がこのへたくそな歌に面喰めんくらったからではないだろうか。さすがの人魚も不快だろう。


 獣の断末魔でも、もう少しマシな声なのではないかと思う。声を出すこととかなでることは違うと懇切丁寧こんせつていねいに教えるために歌っていると言われれば納得できる。そのくらいに魂レベルで音楽からほど遠い。どちらかというとカラスの歌の方が呪いのようだ。いったい前世でどんなわるいことをすれば、こんなひどい有り様になるのか。


 はぁ。


 無駄な時間だったな。


 どうせ今回もだめだし。


 そう俺が諦めていたとき、ふと気づいた。何だか、今回の挑戦は長い気がする。人魚の歌の呪いに耐えられている。まだ、身体も動く。


 あれ、もしかして成功しそう?


 俺は声を張って歌った。うまくいきそうだという予感があったからだ。冒険者でない俺の勘なんて当てにならないが、今までとは違う雰囲気くらいは感じられる。


 もう一息か!?


 そんな期待をしたときだった。


 歌がんだ。


 俺は歌うのをやめた。事態が理解できていないが、普通に考えれば、これは呪いに打ち勝ったということか?


 カラスの方を見ると、彼も困惑こんわくしている。



「なぁ、うまくいったのか?」


「さぁ、わからん」



 俺達が、ことの結果を待っていると、岩かげの向こうで何やら動いた。


 しばらくして、人影が現れる。水辺みずべに浮かぶ女の半身。腰から下のうろこがきらきらと光る。だんだんと彼女は近づいてきて、湯気に隠れていた裸体があらわになった。


 金髪の長い髪にウェーブがかかっており波打っている。目の色は青。肌は透き通るように白く、その顔立ちはあまりに端正たんせい。鼻のところにあるそばかすもいいアクセントになっている。


 人魚一匹。


 美しい人魚の彼女は、私達の前までゆっくりと近づいてきて、ぴたりと止まる。


 そして、まゆをひくひくと動かした後、目をぎろりと怒らせて、こちらを見やり、大きな声で叫んだ。



「うっさいねん! 自分ら!」



 何か、すっごい怒られた。

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