第34話 氷上の疾走劇 その5なのです~火炎龍~

「って、海? もう、火炎龍サラマンドラを海に呼ばないでよ。深海龍リヴァイアサンに怒られちゃうわ。あの子達、縄張なわばり意識が強いんだもの」


「すまん。緊急事態だったんだ」



 海の上に浮かぶ一人の少女。対の翼を背中にっているが、羽ばたきはしない。もしかするとかざりなのかもしれない。


 火炎龍サラマンドラ


 カラスはそう言った。仮に、仮にそうだとすると、あれは伝説級の魔物。存在自体がおとぎ話であり、魔王とどちらが強いかわからない。それほどのつわものであり、畏怖いふされるもの。


 

「さっそくでわるいが、水槽幻馬ケルピーを殺せ」


「えー。めんどくさい」


「いや、頼むよ。召喚の契約があるだろ」


「契約は来るところまでだからなぁ。あとはサービス」


「独自の解釈かいしゃくをするな。契約は俺の頼みを聞くまでだ。実際、依頼を遂行しないと帰れないだろ」


「うーん。飛んでけば帰れる」


「え? それはありなのか?」


「なしなの?」


「なしだろ」


「なしか。じゃ、仕方ない。殺すか」



 火炎龍は頭をかいてから、くるりときびすを返した。彼女の後ろ姿を見つつ、私はカラスのそでを引く。



「ねぇねぇ、あの子、ほんとに火炎龍なの?」


「あぁまぎれもなくな」


「やっば! 子供の頃、絵本で読んでもらったやつだ。ほんとにいたのね! ぜんぜん龍っぽくないけど!」


「人に擬態ぎたいして遊んでいるんだ。趣味がわるい」


「というか、あんた、しれっと召喚魔法サモンを使ってなかった? 私、あの魔法って、魔女の演習で一度しか見たことないんだけど」


「あれはほとんどだ。俺はうろこと一緒にもらい受けただけで、魔力供給以外は何もしていない」


「それでも火炎龍と親交があるってどうなの? 教会に知られたら、異端審問いたんしんもんで焼き殺されるんじゃない?」


「あぁ。だから、絶対に言うなよ」



 言わなくても、私という王女を誘拐ゆうかいしている時点でおたずね者になっていると思うけれど。


 火炎龍は、翼でくうを一回叩く。すると、



「え?」



 


 完全に消えた。そして次の瞬間、別の場所に現れる。



「速!?」



 まばたきはしていない。それなのに、途中経過がまったく見えなかった。見えたのは、移動前と移動後のみ。おおよそ人の、生物の動きとは思えない。


 火炎龍は、まだ横に現れたことに気づいていない水槽幻馬に手をかざした。



「丸焼きがいいかな」



 つくづく一瞬である。水槽幻馬が炎に包まれる。赤い炎。月夜には無粋ぶすいな明るさ。水槽幻馬の悲鳴ひめい


 私の剣撃では何のダメージも受けなかった水槽幻馬は、回復するきざしもなく、その実体と精霊部分を同時にがし、灰となってくずれ落ちた。


 次々と。


 海に火のはしらがあがる。


 

「精霊って、焼くといいにおいがするね。お腹空なかすいてきた」



 呑気のんきなことを言いつつ、火炎龍は燃やしていく。水槽幻馬は、慌てふためいてあちらこちらへと逃げ回っている。波が立って、氷の地面がれる。


 そして、なんとか逃げびようと走り去る水槽幻馬の後ろ姿を見つつ、火炎龍は、大きく息を吸った。赤く染まった頬。喉から胸まで真っ赤に染まり、そして、を一気にいた。


 炎の海。


 火吹き大鷲とは比べものにならない火炎。辺り一面が赤く染まるほどの大量の火炎が、彼女の小さな口から吐き出された。


 火の化身けしん。火の支配者。火の神様。


 逃げようとしていた水槽幻馬を波のようにして追いつき、上からおおって、呑み込んで。


 燃やし尽くした。


 

「すごい……!」



 私は、素直に驚嘆きょうたんしていた。これほど驚いたのはいったいいつぶりだろう。カラスも強いし、私も強くなったつもりだったのだけど、そんな人間を嘲笑あざわらうかのような圧倒的な強さ。


 畏怖いふというものを、初めて感じた。


 同時にき起こる高揚感に私は頭がおかしくなりそうであった。


 

「こんなかんじでいい? 何ならもっと探してくる?」



 私がほうけていると、火炎龍はすーっと戻って来て、カラスに問いかけていた。片手には水槽幻馬の尻尾が握られており、いや、精霊部分なのでどうやって握っているのかわからないけれど、おいしそうにがぶりとみついていた。



「いや、十分だ」


「意外とおいしいから、もっと狩りたいんだけど」


「いいから帰れ」


「海産物って久しぶりなの」


「うっせぇ帰れ! おまえがいると深海龍が来るかもしんないだろ! これ以上チャレンジの難易度をあげるな!」


「むぅ。人間くんが呼んだのに。勝手だな。殺しちゃうよ?」


「それはほんとすまないけど、帰ってくれ」



 こんなにあせっているカラスというのもめずらしい。さすがの彼でも火炎龍は怖いのだろう。いや、それに付随ふずいする災害を恐れているのか。


 火炎龍は、不満そうにしながらも、仕方なしといったふうに水槽幻馬を一頭かついだ。


 すると、彼女の足元に魔法陣が現れ、身体を光の粒として崩壊させていく。転移だ。召喚された魔物が契約を遂行したから元の場所に帰る。その過程。



「そうそう、たまには顔を見せなさいってさ」


「あいつ、人間の顔なんて判別つかないだろうに。わかったよ。近いうちに寄ると伝えてくれ」


「うん。覚えていたら。じゃ、またねー」



 そう告げて、火炎龍はふつと消えた。まさに災害と呼ぶべき伝説の魔物であったが、ぎわの手を振った姿は、見た目通りの少女にも見えて、私は少しだけほっこりとした。



「よし。一時はどうなるかと思ったけど大丈夫そうね。さぁ、魔晶岩は目の前よ。気合入れて行きましょう!」


「あぁ、そうなんだが」


「何よ。その気の入ってない声は」



 見ればカラスが、肩で息をしている。顔色もわるい。いつも無駄に余裕よゆうこいた態度をとっているのに、今はなんというか弱っている。



「すまんが、想像以上に魔力を消費した」


「え?」


「ここからは氷の道の強度と広さを半分にする」


「えー!?」


「それで辿り着けたら幸運だったと思ってくれ」


「なんじゃそりゃー!?」



 一難去ってまた一難。チャレンジの難易度はうなぎのぼりだ。

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