第24話 恋よりも妹です

 小規模な、あくまでに発展してしまい、その日の訓練は終わりとなった。メイド達の活躍により、火事はすぐさま収まったのだ。まぁ、もとより小規模だったということを主張しておきたいのだけど。


 長かったのは、その後のメイド長との交渉であった。母様は今日は不在。つまり、がんばればこのことをもみ消せるというのに、メイド長は報告するという。そこを何とかごまかしてくれないかと交渉したわけだ。


 老齢のメイド長は、あまやかすという言葉を知らない。チシャならば、今回だけですよ、とすぐ折れてくれるのに。


 あまい声を出しても、泣いても、怒っても、メイド長が考えを変えることはなく、母様が帰ってくると同時に、私の不祥事ふしょうじは知られる予定となった。



「はぁ、納得いかないわ」


「だから、おやめくださいと言いましたのに」



 横を歩くメイドのチシャは、聞こえる程度の声で小言を述べた。



「お嬢様の魔力が大きいのは知っております。ついでに、魔法の制御のセンスがまったくないことも」


「あなたは一言多いのよ」


「風魔法を使ったとき、魔法の先生を建物ごと国のはずれまで吹き飛ばしたとき、王女陛下に二度と魔法を使ってはいけないと言われたのを忘れたのですか?」


「あ、そっちの魔法を使えばよかったかしら」


「やめてください。私もただじゃ済まないじゃないですか。今日だって、服が焦げてしまいました。見てください、ここ、ここも、ここも」


「もう、細かい女ね。そんなんだから、すぐに彼氏に逃げられるのよ」


「逃げられたことなど一度もありません。性格が合わなかっただけです」



 あ、そ。


 私は、チシャの恋愛遍歴れんあいへんれきについて、さほど興味なかった。それよりも、身体のだるさが問題である。演習場から、部屋に帰るまでの道のりが千里せんりに思える。魔力の使い過ぎだ。頭までくらくらする。


 チシャが肩を貸そうとしてきたが、手で払った。王たる者、強さで他人を使い捨てることはあっても、自分の弱さを他人でおぎなってはならない。


 

「とは言いましても、そんなちんたら歩かれると困ります。私どもの業務にも差しさわりますし」



 チシャが少しきつく言う。いじられたことで、機嫌がわるいらしい。わかりやすい女である。



「あなた、ときどき私よりも仕事の方が大事みたいなときあるわよね」


「そんなことありませんよ。私はアリスお嬢様のことを第一に考えています。ただ、お嬢様が速く歩いてくださらないと、今日、定時であがれないなと思っているだけです」


「思ってるじゃん。仕事早く終えたいなって思っているじゃん」


「早く終わりたいと思っているんじゃありません。


「ちょっとどう違うのかわからないわ。あれでしょ、どうせ、しょうもない今彼いまかれに会いに行くんでしょ。あなたも物好きね」


「お言葉ですが、お嬢様。今回の彼氏は一味ひとあじ違うんです。素敵だし、かっこいいし、優しいし。だから、絶対に結婚したいんです」


「それ、前の彼氏のときも言っていたわよ。というか、あなた、王宮メイドなんてお堅い仕事をしているっていうのに、何で彼氏はしょうもない男ばっかりなの? 売れない画家とか、へたくそなピアニストとか、無一文の芸人とか」


「何て言うんでしょう。夢を見ている男の子って魅力的じゃないですか」


「わからないわ。聞いたかぎりでは夢をかなえられない無能としか思えないけれど」


「これから叶えるかもしれないじゃないですか。それを支えてあげたいって私は思うんです」


「あー、職業病か」


「なんでしょう。なんか自分でも納得しかけましたが、そう言われると釈然しゃくぜんとしませんね」


「ちょっと、押して来ないでよ。わかったから。もう何も言わないから。押さないで。足がぷるぷるするの!」



 このメイド、有能なのはいいのだけど、ときどき私のことをいじってくるのが玉にきずだ。幼いころからの使用人で、実の姉よりも姉のような存在だが、そのせいで距離感が近すぎる。



「ねぇ、やっぱり肩貸して」


「はいはい」


「その、わかってましたよ、みたいなかんじ嫌い」


「はいはい」


「むぅ!」



 ちょっと余計に体重をかけてやる。だが、チシャは気にするふうもなく、私を支えてくれた。昔から思うが、彼女の安定感はすごい。


 しかし、本当に疲れた。それに、チシャではないが、服がぼろぼろ、身体も汚れている。部屋に戻って寝ころびたいと思っていが、その前に。



「チシャ、行き先変更。先にお風呂に入りたい」


「えー」


「ちょっと、文句あるの?」


「だって、お嬢様、長風呂じゃないですか」


「チシャも一緒に入りましょ」


「ミグと代わってもよろしいでしょうか?」


「何よ、そんなに私とお風呂に入るのが嫌なの?」


「ですから、今日は定時にあがりたいと」


「彼氏と私とどっちが大事なのよ」


「その二択はずるくないですか?」



 はぁ、とチシャはため息をつく。



「わかりましたよ。お背中お流しします」


「ふふ、当然ね。せっかくだから大浴場の方に行きましょう。二人っきりで貸し切りよ」

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