第14話 敵は常に背後にいるものです

 階段は雲の上にまで続いているのではないかと思えるほどに長かった。


 もちろんのことだが、実際にはそこまで長くはない。僕の体力が落ちているからだ。正直、このままぶっ倒れてしまいたい。だが、ここで諦めるわけにはいかない。


 永遠とも思われた階段がついに最後の一段となる。登り切ると、そこには大きな扉があった。



「これが、ディランの神殿か」



 想像以上に大きく見えるのは、僕が地面にひざをついているからか。百年以上前の建造物だというのに、造りはしっかりしており、壁はりたてのように白く、扉の上のガラス細工はきらきらと輝いている。


 

「この先に、聖剣が」



 扉が開く。


 思ったよりも軽い。だが、年代を感じさせるきしむ音が鳴る。その音で、ハーマンに気づかれるのでは、と急いで僕は剣に手をかける。


 まぁ、ちゃんと振れるかどうかはわからんが。


 警戒しつつ、僕は、神殿に足を踏み入れる。地面は石畳。外のものとは異なり、何かキラキラと光る小石が混じっている。


 薄暗い廊下。装飾そうしょくは少ない。ただ、蜘蛛くもの巣やこけなどはなく、異様なきれいさを保っていた。


 ハーマン達の姿はない。とするとこの奥か。


 

「せっかくゴーレムを倒したのに、最後の敵が人間だなんて、間違っているよなぁ」



 周囲を警戒けいかいしながら、廊下を進むと、パッと開けたところに出た。聖堂だ。そこは明るかった。窓から入る光がしっかりと中を照らすように設計されている。


 正面のステンドグラスには天使の姿が描かれており、今にも降りてきそうなほどに神秘的だ。壁や床にき詰められた光る小石が、いっそう浮世離うきよばなれした空間を演出している。


 そして、正面。


 聖堂の奥、そこに、僕の求めるものはあった。


 聖剣。


 この神秘的な空間で、いっそう異彩いさいを放つ。きらびやかな装飾のがらに、きらりと光る刃。床に突き刺さるその剣は、ふさわしき者をただ輝きながら待っている。


 みつけた。


 はやる気持ちが足を前に進める。だが、待てと踏みとどまる。ここに聖剣があるということは。


 

「どこだ! ハーマン!」



 声は反響して落ちてくる。返答を求めたわけではない。ただ、不意の攻撃がいやで、先制したかっただけだ。


 視界を広く持つ。


 一歩。また一歩と前に出る。


 呼吸が荒れる。


 深く息をしようと思ってもうまくいかない。緊張と焦りと疲れが動きを束縛そくばくする。


 しかし、静か過ぎないか?


 ハーマンが来ていたとして、まだ聖剣が抜かれていないことも不可解だし、人の気配がまったくないこともおかしい。


 すり足を進めていったところ、何かが足に当たる。


 

「え!?」



 そこには人が転がっている。確か、ハーマンと一緒に入った冒険者だ。彼は、足でかるく小突いても身じろぎ一つせず、おそらく、いや、間違いなく死んでいる。


 誰にやられた?


 まだ敵がいるのか?


 それともトラップ?


 外にゴーレムがいたのだ。内側にだってゴーレムがいたとしてもおかしくはない。


 だが、やはり気配がない。


 何かいるのだとしても、魔力を持つ者がいれば気づく。死体でなければ。感覚を信ずれば、聖堂には誰もいない。とすれば。


 

「ハーマン!?」



 現実が感覚につきしたがう。そこには、胸を剣でつらぬかれ、絶命したハーマンが無惨むざんに倒れていた。


 争った形跡はある。しかし、何か不自然だ。他の誰かがいたというよりも、これは。


 仲間割れ?


 ハーマンに刺さっている剣は、冒険者のものだ。他の者も同様。所詮しょせん烏合うごうしゅう。聖剣を前にして、周囲を出し抜こうと思う奴がいてもおかしくない。


 何にしろ好都合。


 聖剣が、金の亡者に渡るのを防ぐことができた。


 僕は聖剣に向かい歩いていく。


 近くに寄れば寄るほど、聖剣からただよう純度の高い魔力が肌をひりつかせる。一歩足を進めるごとに空気が重くなる。それなのに、せられていく。聖剣の美しさに心がかれる。


 ついに、聖剣が僕のものに!


 

『いや、聖剣は僕のものだよ』



 え?


 唐突に聞こえてきた声に僕は視線をあげる。今まで誰もいなかったはずなのに、聖剣を挟んで向かい側に、人の陰がある。


 少年。彼はにやりと笑みをこぼす。剣を携え、いかに冒険者という装いの彼は、聖剣の柄に手をおいた。


 いったいどこから現れた?


 もしかして、こいつもゴーレムか何かか?


 

「君がハーマンを殺したのか?」


『さぁ? 死んだ奴のことはいちいち覚えていないよ』



 くすりと少年は笑う。その笑みはあまりに残酷ざんこくで、命の価値などはなから知らないといった無垢むくさに満ちていた。


 

「君が誰だか知らないけれど、聖剣は渡さない。それは僕のものだ」


『ははは、それは僕の台詞だよ。


「ふざけるな。言っておくが僕は強いよ。死にたくなかったら今すぐ手を引け」


『何を言っているんだか。僕の方が強いよ。死にたくなかったら、君の方こそ手を引くんだね』



 少年の言葉を聞いて、僕は剣を抜く。するとまったく同時に彼も剣を抜いた。やる気のようである。しかし、ここまで来たのだ。疲れているからといって負けるわけにはいかない。


 だが、この少年、強い。


 たたずまいでわかる。僕の動きに合わせて足をすべらせる様には無駄がなく、迂闊うかつに手が出せない。


 どう攻めようかと、ごくりとのどを鳴らしたそのとき、少年はふぅと息を吐いて剣を納めた。



「引く気になったのか?」


『いや、僕が手を下すまでもないみたいだからね』


「どういう――



 ゴン!


 

 あまりに無骨な音が聞こえたのは、頭部に痛みを感じて、身体が崩れ落ちたときだった。


 殴られた?


 いったい誰に?


 ハーマンが生きていたのか?


 膝をつき、振り返る。すると、そこには僕を殴打したであろう少女の姿があった。



「何で、君が?」



 愕然がくぜんとする僕を見下ろして、杖を掲げるエミリーは、あは、と快活な笑みを浮かべた。



「聖剣は私のものよ」

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