第40話 始原龍戦


 エイミィがクズオに向かい、私は始原龍の方へと駆けてゆく。


 改めて近づくと分かるのはその大きさだ恐らく20メル以上はある。

 その巨体は強靭な後ろ脚に支えられ龍種にしては珍しい二足歩行で翼は無く飛行は出来ないようだ。


 私が剣を抜き突進すると向こうも私を獲物として捉え前傾姿勢から大きな顎門あぎとを開き私を食い千切りにかかる。


 大きく開いた口を真横に飛んで躱すと、直ぐに反転して足元を斬りつける。

 大した傷はつけられないが今はこれで良い。


 巨体である始原龍の攻撃は一発でも食らってしまえば戦闘不能の破壊力だ。

 しかし攻撃速度はそれ程でもなく、よく動きさえ見ていれば躱すのは容易だ。

 私は始原龍の攻撃を躱すたびに斬撃をあびせる。

 その度に始原龍の動きが遅くなる。


 兄様から頂いたクロノキャリバーのもう一つの効果、鍔に埋め込まれた黒真珠に魔力を与えることで剣身を通して【鈍行化スロウムーブ】の効果を相手に流し込むことが出来る。

 つまり切れば切るほど相手は鈍化し私は【真紅の閃きクリムゾンフラッシュ】により高速で動ける。

 結果、始原龍の動きは止まってるようにさえ見えこちらは無数の斬撃を浴びせることが出来るのだ。


 しかし、ただ切るだけでは決定打に掛け負けることはないが始原龍を倒しきることは難しい。

 そこで私は剣に送る魔力を風に切り替え【千刃塵旋風】を始原龍に向けて放った。


 地面から立ち昇る渦巻く風が始原龍を包み込むと風のひとつひとつが刃となり、その無数の刃があらゆる方向からの斬撃となって始原龍を切り刻む。


 系統的には【裂空旋風衝】をより局所的に集中させることで威力を増した上位剣術で私が師匠から教わった剣術の中では一番強力な技になる。


 さすがの始原龍も耐えれなかったようで横に倒れるとその巨体から大きな音が響く。


 完全に倒したと思い込んだ私はこの時油断した。

 始原龍の恐ろしさは凶暴性もさることながら並外れた生命力にあった。


 始原龍は倒れてもなお闘争本能を失っておらず龍種特有のブレス器官に残りの力を注ぎ、最後の最後で私に向けて高温度の熱線を吐いてきた。


 完全に隙きを突かれた私は致命傷は避けるため障壁を展開する。

 ダメージは軽減は出来るだろうが障壁が持つとは限らない私は覚悟を決めるとありったけの魔力を障壁に注ぎ込むことにした。


 すると私の目の前を立ち塞ぐように人影が現れると手にした何かで始原龍のブレスを受けきった。


「クラリス、油断しすぎ、めっ!」


 その声はエイミィですんでの所で私のことを助けてくれたようだ。

 エイミィは先程ブレスを防いだ手にしていた何かを無造作に投げ捨てる。

 それは全身に火傷を追ったクズオでむしろ始原龍のブレスを食らいながらその程度で住んでいるのは伝説級の鎧のお陰なのか、かろうじて息はあるようだった。


「エイミィありがとう、助かったわ」


「うん。クズが初めて人の役に立った、いい事」


「ええっと、そういうことになるのですか?」


 盾代わりされ地面に放置されたままのクズオに視線を向ける。

 白目を向いて体中ボロボロの姿は一国の王子とは思えない、エイミィに散々やられたようだ。


「言われたとおり殺してない、でも弱すぎてつまんない男だった。なんでこいつは弱いもの虐めて楽しいだろう?」


 クズオは自分より弱い者を虐げ自分を優位に見せようとする人間のもつ醜い虚栄心が凝り固まった典型的な存在。

 きっとエイミィにはクズオを永遠に理解することは出来ないし、理解して欲しくもなかった。


 私はクズオから動かなくなった始原龍へと視線を移す。死にかけてなお攻撃する本能と生命力はよほど主人より恐ろしい存在だ。

 自己再生能力を持っていればまた起き上がって攻撃してくるかもしれない。


「ゆっくり話す前にあの死にぞこないを片付けるから待ってて」


 今度の私は油断することなく近づこうとすると、行く手を遮るかたちで落雷が目の前に落ちた。


「クラリスクリアハート様、この子を始末するのはもう少し待ってくださるかしら」


 聞き覚えのある声がして、その方向を見る。

 そこには魔法衣を身に纏ったカリアーナが始原龍の真上に浮いていた。


「あなたも来ていたのね」


「ええ、弟だけでは不安でしたから、思ったとおり役に立たないまま、そこに転がってますけどね。だからせめてこの子にはもう少し頑張ってもらわないと」


 カリアーナはそう言うと上空から何かの液体を始原龍に向けて垂らした。

 始原龍はその液体を浴びると傷だらけだった体が再生すると瀕死だったはずの体を起こし立ち上がった。


 明らかに先程までの始原龍とは違う様相に距離を取り直すと剣を構える。


「エイミィ、申し訳ありません、手伝ってもらえますか、どういう訳か力を増して蘇ってしまったようです」


「うん、あれ、間違いなく強い、あたしも本気で行く」


 エイミィは首の鈴に手を当てると負荷を解除すると同時に私の隣に並んだ。


「それじゃあ、行くわよエイミィ!」


「おっけい、クラリス!」


 私とエイミィは息を吹き替えした始原龍を叩きのめすためにその巨体に向かって駆け出した。


 



 


 



 

 

 

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