第15話 夕食、そして夜
その後、夏樹は小日向と一緒にカレーを作った。下手な変更をせず、レシピ通りに作った甘口カレーは大好評だった。
夏樹の切ったジャガイモは
自分の料理スキルに改めて絶望した。そして同時に、慣れた手つきの小日向がより一層夏樹には眩しく見えた。
「小日向。お前きっと良いお嫁さんになるよ」
「ひょ、ひょえええっ!? そ、そそそそれってどういう意味!?」
などと一悶着もありつつ、夕飯の時間は楽しく過ぎていった。
やがて夕飯の片づけが終わり、小日向姉妹が帰った頃には夜の20時過ぎになっていた。
「よし、そろそろ風呂にするか」
お湯を張るために、夏樹は椅子から立ち上がる。すると、ぐでーっとテーブルに顎を置いてテレビを見ていた冬陽が顔を上げた。
「兄ちゃんー」
「ん? なんだ?」
「一緒にお風呂はいろーよー」
「なっ……!?」
夏樹に、電流のような衝撃が走った。
一緒にということは、つまり……一緒にということである。
そう言えば、最後に冬陽と一緒に入浴したのは、確か六歳の頃ではなかっただろうか?
それ以降、お互いに羞恥心が芽生えて疎遠になってしまった、風呂でのコミュニケーション。それが、今まさに十年の時を超えて再開されようとしているのだ。
しかし、そんな時こそ担当医の言葉が脳裏を過ぎった。
『精神だけでなく肉体までも変わってしまった存在は、果たして本物の秋月冬陽といえるのだろうかね?』
その台詞は、夏樹にとって冷や水にも等しいものだった。
夏樹は、それまでの動揺は嘘のように落ち着きを取り戻す。
目の前にいる冬陽は、自分の好きだった冬陽ではない。今の冬陽に元の冬陽を重ねることは、どちらの冬陽も傷付ける行為である。夏樹はそう思った。
「……どうして、一緒に入りたいんだ?」
落ち着いた声音で、夏樹は冬陽に問いかける。
「だってねー? ふゆひねー? 兄ちゃんと入りたいもん! 一人はつまんないし!」
燦々と輝く太陽のような笑顔。一瞬でも邪な考えを持った自分を、夏樹は恥じた。
「よし。それじゃあ、頭の洗いっこでもするか!」
「うん! するーっ! 兄ちゃんの頭の毛が無くなるまでゴシゴシするー!」
「それは勘弁してくれ!」
夏樹は自分の頂頭部を手で隠して叫んだ。
冬陽と一緒に風呂に入り、体を洗いっこした。
こうして触れ合っていると、本当に兄妹のようだなと夏樹は思った。
風呂から上がると、冬陽はすぐに眠くなったのか、髪が乾いていないにも関わらず舟をこぎ始めた。
こんなことだから、朝あんなに髪が跳ねるんじゃないか。そう思いつつも、夏樹はテーブルに頭をぶつけて突っ伏してしまった冬陽に苦笑した。
一応、風邪を引かないように髪の毛を拭いてやると、夏樹は冬陽を母親の部屋に連れて行ってベッドに寝かした。
しかし、冬陽は夏樹の服を掴んで離れなかった。どうやら、ここでは寝たくないらしい。
「仕方ない。んじゃ、今日も兄ちゃんと寝るか」
「うん……ねるー」
頭をぽんぽんと撫でると、夏樹は冬陽を自室のベッドに寝かした。先程までうとうとしていた冬陽も、今ではベッドで小さな寝息を立てている。
陽気なもんだと思いつつ、自分も欠伸を噛み殺した。そういえば今日は5時起きだった。
「さて、と。眠いけど日記を書かないとな。小日向から釘を刺されてるし」
机の引き出しから大学ノートを取り出し、それを広げる。
昨日の日記は、これからの日々を不安に思うといった内容を書いた。ちゃんと生活できるのか、飯は作れるのか、冬陽と上手くやっていけるのか、などだ。
今日一日は、概ねそれらの不安を解消できた一日だったと思っている。小日向のおかげで、家事に対する心配も少なくなり、学校にいる時の対応も若菜を子守にすることで解決した。本当に小日向様さまだ。
まだ二日目だが、これからも上手くやっていきたい。そして、ちゃんと元の冬陽を取り戻して、彼女に謝ろう。そのために、明日も頑張っていきたい。
そんなことを書いて夏樹はノートを閉じると、元の引き出しに仕舞い込んだ。
「あーっ、俺も疲れたぁ……。明日は休みだし、冬陽と一緒に焼きそばでも作るかあ」
今日の小日向とのカレー作りで、冬陽は自分が仲間外れにされているのが気に入らなかったらしく、盛大にごねた。その上、恩人であり元親友でもある小日向のことを「おっぱいおばけ」等と呼ぶ始末。それには、さすがの夏樹も怒った。
なので、明日は一緒に焼きそばを作って昼飯にしようかと夏樹は考えていた。焼きそばくらいなら自分にでもできる。……できるはずだ。
カレーは明日の朝ごはんにしよう。ナンも買ったし、うどんもあるから昼に焼きそばで晩はカレーうどんでいこう。麺が被るが、まあいいだろう。
そう決めると、夏樹はベッドの真ん中で寝ている冬陽を右端に寄せた。ベッドに入ると、磁石のように冬陽が夏樹の右腕にくっ付いてきた。
「……にいちゃん、だいすきー……」
可愛らしい寝言に、夏樹も笑みが零れた。
「おやすみ。また明日な、冬陽」
そう言って頭を撫でると、夏樹もまた目を閉じた。
睡魔はすぐさま夏樹を襲い、ものの数分で彼の意識は夢の国へ飛び立っていった。
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