第516話 OLサツキの上級編、フレイのダンジョン地下十二階の反省

 ユラはサツキを抱き抱え、そしてユラの胸に思い切り顔を付けている。遠慮もくそもない。どさくさに紛れて何をしているんだろう。


「俺を殺す気かよ」


 またもそもそと胸の上で言った後、ようやく顔を上げてくれた。


「笑って誤魔化さないでさ、怒れよ」


 ユラは、適当な座れる大きさの岩の前まで行くと、そこに自分が腰を降ろした。サツキはユラの上のままだ。まだ手をハンマーの形のままにしていたラムがサツキの裾を掴もうとし、自分の手の形状に気付き元の手に戻した。にこ、とサツキに笑いかける笑顔がいじらしい。この子は、自分をテイムしたご主人様に歯向かったのだ。サツキの為に。


「だって、あれは冗談でしょ」

「冗談だって言っていいことと悪いことはあるんだよ。分かるだろそれ位」


 分かる。ユラの言っていることはよく分かる。でも、これまでずっとこういった悪意のあるなしに関係なく言われた無神経な発言を笑って躱してきたサツキにとって、いきなり仲間に向かって怒るのは、ハードルが高過ぎた。


 ユラは、金色のまつ毛を伏せながら不貞腐れた口調で言った。


「俺は怒ったぞ」


 こんな時ですら、つい見惚れてしまう。そしていつも近い。


「なんでユラが怒るの」

「サツキを何だと思ってるんだって思ったら腹が立ったから」


 本当にサツキのことを思って怒ってくれたのだ。やはりこの人は、心根が真っ直ぐな人なんだ。そう思うと、いい人を好きになったな、と思うと同時に、そんな人と好きな人とを喧嘩をさせてしまった原因を作った自分を嫌に思う。


 サツキは、手を伸ばすとユラの頬にそっと触れた。汗ばんでしっとりとした肌に、自分の指が吸い込まれていきそうだと思った。


「ユラは優しい人だね」

「俺は別に優しくはねえよ」

「何言ってんの、優しいじゃない」


 すると、ユラが苦笑いをする。


「お前さ、俺が誰彼構わず優しさを振り撒いてると本気で思ってんのか?」

「どういうこと?」

「俺だって優しくしたい相手とそうじゃない相手はいるってことだよ」

「うん?」


 見ている限り、ユラはウルスラ以外とはうまくやっている気がする。確かにウルスラに対してはそこまで優しくしているとは思えないが、それでも悪いと思ったことはきちんと本人に謝ることが出来る人がユラだ。もう何度かその場面を見てきたから、サツキはもうそれを知っている。


「言っとくけどな、俺はどうでもいい奴には優しくなんざしねえよ」

「そうかな?」

「そうだよ」

「でもユラって基本親切だよね」

「はあ? 俺が?」

「うん。だって、私のことを追いかけて助けてくれたじゃない」


 何の興味もなかったサツキのことを探して、見つけて、そして元のサツキに戻してくれた。あの時ユラがいなかったら、あのシーフに何をされていたか分からない。その場限りで済めばまだマシかもしれないが、あの様子だと拘束され続ける可能性も高かった筈だ。


「あれはまあ、俺の姿をしたラムがいたから」

「次の日だって、落とし物を一緒に探してくれて、ラムが春祭りに行きたいっておねだりしたら仕方ないなって顔をしながら一緒に行ってくれたでしょ」

「まあ、そうだけど」


 今だって、サツキの為に怒ってくれて。こんな人、今までサツキの周りには一人だっていなかった。


「ありがとうユラ」


 サツキはそう言うと、ユラの胸に頭をくっつけた。

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