第509話 魔術師リアムの上級編・早川ユメ攻略二日目の昼飯へ出発

 そろそろ昼休みの鐘が鳴る頃だ。


 リアムが今日早川ユメと昼食を取ることは、もうこの階の人間に共有されているそうだ。どうやらプロジェクトリーダーの橋本は佐川を実行委員として採用した様で、全員への連絡は佐川が行っているらしい。


「……早川さんがここに来るんだったよね?」


 佐川がこそっと話しかけてきたのでリアムが頷くと、佐川は親指を突き立ててニカッと笑い座席へ戻って行った。


 先程の木佐ちゃんの話が気になった訳ではないが、そんなにチラチラよく見てるのだろうかとふと気になり、そおっと祐介を見てみると。


 明らかにリアムを見ていたであろう祐介と、目が合った。目が合った瞬間に祐介は笑顔になったが、これはどう見ても目が笑っていない。どうした祐介よ。


「近い」


 ひと言、小さな声でそう言った。


 リアムの脳裏に、先程の木佐ちゃんの言葉が浮かんだ。嫉妬だ。だがいやまさかそんなことはなかろう。あり得ない。リアムは心の中で否定をした。そもそも祐介とリアムは恋人のふりをしているだけだし、とするとこれも嫉妬のふりであろうか。


「大きな声で話すことでもなかろう」

「隙があり過ぎる」

「それは少し私を舐め過ぎではないか?」

「だってそうでしょ」

「そんなことはない!」

「いーやそんなことはある!」


 段々と声が大きくなる二人の視線の間に、書類が滑り込んできた。リアムも祐介も、ハッとしてその書類の持ち主を見る。


 冷めた顔をした木佐ちゃんだった。そして言った。


「ここは職場。痴話喧嘩をする場所じゃない」

「……すみません」

「す、すまない木佐ちゃん殿」


 木佐ちゃんが呆れた様に笑ったその時、丁度昼休みを知らせる鐘が鳴った。リアムは急ぎ鞄を持ち立ち上がると、祐介の視線が自分を追うのが分かった。祐介はただ心配なのだ、それは痛い程分かった。


 足を組みながら、木佐ちゃんが立ち上がりかけた祐介を見上げた。木佐ちゃんは、どうやら少し苛ついている様だ。


「あんたはここに残る」


 祐介の頬がひく、と引き攣った。木佐ちゃんがにこ、とリアムに笑いかけると、受付に目線を送った。


 そこには、眉を顰めながらこちらを見ている早川ユメがいた。


「いってらっしゃい」

「……うむ」


 リアムも笑顔になり会釈をすると、早川ユメの元へと駆け寄った。


「なになに、三階ってこんな殺伐とした雰囲気な訳? こわっ」

「すまぬ、今回は私の所為だ。さて何を食べようか?」


 リアムと早川ユメは、言葉を交わしながらエレベーターへと乗り込んだ。さりげなく潮崎も一緒に。


 一方、木佐ちゃんに引き止められてしまった祐介は、蛇に睨まれた蛙の様に動けずにいた。


「まだ立っちゃ駄目」


 木佐ちゃんに言われ、思い切り不機嫌な表情になったが、それでも席についた。


「僕もお昼に行きたいんですけど」

「あら奇遇ね、私もなのよ。今日は丁度一人でね」


 木佐ちゃんがしれっと言う。


「もう少し後で一緒に行きましょうか」

「……それは監視ですか」

「あのねえ……」


 はあ、と木佐ちゃんが溜息をついて手で額を覆う。


「加減を誤ると逃すわよ」


 その言葉に、祐介は唇を噛み締め、そしてポツリと言った。


「僕もそう思っているところです」

「なら耐えなさいよ」

「それ、どうしたら出来るんですか」


 木佐ちゃんが、驚いた様な表情で祐介を見返す。


「……まるで初恋みたいな言い方ね」


 今度は祐介が驚いた表情になる番だった。


「初恋……これが?」


 驚く祐介を、木佐ちゃんも驚いた表情で見つめ返したのだった。

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