第494話 OLサツキの上級編、フレイのダンジョン地下十階の朝食調達の続き

 朝の挨拶とユラが言っていたのは、朝のおはようのキスのことだったらしい。


 少しずつ少しずつ後退させられて、とうとう背中が壁に押し当てられた。勿論その間ずっとキスはしっぱなしだ。ユラの頭を拭いてあげている最中にぐいぐい後ろに押されたので、転ばない様にいつの間にかユラの首にしがみついている自分がいた。これじゃまるで自分から求めている様じゃないかと思ったが、かといって今更この手を離したところで手の置き場もない。


「やっぱりこれが一番効くな」


 そう言いながら、ひたすら繰り返すユラ。効くというのは、サツキの存在感が濃くなるということだろうか。そんなに不安定なんだろうか? あれからあまり元の世界のことは考えていない気がするが、本当だろうか。ユラがサツキの視線の意味を察したらしく、口を離した。


「何だよその疑いの目は」


 そして相変わらずよく人の表情を読む。サツキの両頬を大きな手で包むと、むにむにし始めた。こそばゆい。


「ちょ、ちょっとユラ何するの」

「いや、どっちの顔かなと思って」

「へ?」

「何でもねえよ」


 意味が分からない。なんだ、どっちの顔って。


「サツキ、よく寝られたか?」


 むにむにした後は、今度はむぎゅっと片手で頬を押してサツキの口を無理やり開ける。この人は一体何がしたいんだろうか。何故サツキは今変顔をさせられているんだろう。


「うん」

「じゃあ俺のおやすみのキスのお陰だな」


 きっぱりと言い切った。ここまで来ると本当に見事のひと言だ。


「あれは、びっくりした」


 頬を押さえられたままなので変な喋り方になってしまったが、言いたいことは伝わったらしい。あんな恋人みたいなキスをされると、誤解してしまいそうになるからめて欲しかった。問題はちっとも嫌じゃないという点、それに尽きる。


「どきっとした?」


 ユラの顔が再び近付いてくる。そろそろ朝ご飯を捕まえに行った方がいいんじゃなかろうか。


「し、した、したから、そろそろ朝ご飯を調達に」


 サツキがそう言った瞬間、ユラがぷちゅっとサツキの口に吸い付いた。サツキの言葉を見事に無視し、先程こじ開けたサツキの口の中にぐいぐい舌を入れては絡める。


 ご飯。溶けそう。ご飯。ユラ、ユラ、ユラ。


 頭の中に単語が浮き出ては流れていく。すると、ユラが少し階段の下の方を向いた気がしたのでサツキが目を開けると、赤い炎が揺らめいているのが見えた。ユラがすっと片手を伸ばすと、目の前にバリアーラの障壁が現れた。揺れる炎の方向から飛んできた炎の玉がバリアーラの障壁に当たり、散った。


「もご」


 口を離せばいいんじゃないかと思ったが、ユラはまた目を閉じるとサツキをきつく抱き締めて暫し堪能し続けた。バリアーラの障壁に何度か炎が衝突したのを確認し、その後は非常に名残惜しそうに何度か軽く繰り返してから、ようやく顔を上げた。


「朝ご飯が来たぞ」


 うん、知ってる。大分前から知ってる。


 そう言いたかったが、もう頭がぽやっとしてしまって言葉が出て来なかった。


「少し降りるか」

「う、うん」


 ようやく解放され、足がふらついてしまってユラの腕にしがみつくと、ユラがサツキの頭を抱えて頭にキスをした。


 どれだけしたら満足するんだろう。ユラが満足する頃には、サツキは溶けてなくなってしまっているかもしれないな、そう思いながらも、どんどん近付いていくモンスターへ向かってスッと杖を向けた。

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