第493話 魔術師リアムの上級編・早川ユメ攻略初日は順調

 木佐ちゃんは潮崎と一緒に出社して来た。


 話を聞いたところ、やはり木佐ちゃんは羽田に向かって消火器を噴射したことに対する逆恨みを恐れているらしく、引き続き木佐ちゃん宅に潮崎を招き共に暮らしているらしい。潮崎は、時折荷物を取りに社宅に帰ることはあっても、その際は必ず自分一人で行くそうだ。今のところ羽田とは遭遇はしていないと聞いて、リアムは安心した。


 ことなげもなくそう教えてくれたが、目が若干泳いでいたので、恐らく冷静を装っていただけだろう。木佐ちゃんは自立した素晴らしい女性なのだ。


「昨日休んだ分、今日は頑張ってもらうから」

「任せていただきたい」

「頼もしくなってきたわね」


 木佐ちゃんがくすりと笑った。木佐ちゃんとサツキには少なからず確執があった筈だが、今はこうして日々関係を向上させている。それはサツキとリアムが入れ替わったからだけではなく、木佐ちゃん側の努力も多大にあろう。


 こうやって、人間と深く関わることにより人間関係というものは変わっていくのだ。リアムは改めて実感した。


 これまでの人生、リアムは師のマグノリア以外の人間と、深く関わろうとはしてこなかった。師が生きていた時は師と共に過ごすのが当たり前だと思っていた。師は常にリアムを振り回し、巻き込み、滅茶苦茶だが楽しい毎日を提供してくれた。リアムが寂しいと感じる暇などなかった。だが、師が亡くなってからは、人とどう関わっていったらいいのかがそもそも分からないことに気付いた。


 リアムは電話で客先と話している祐介の笑顔を見つめた。祐介はその視線に気付くと、にっこり笑って手を振る。リアムもそれを見て笑顔になった。


 祐介は、リアムに人と関わる楽しさを教えてくれた。リアムが来てから祐介の世界が変わったと言われたが、それはリアムにとっても同じだ。祐介に会ってから、リアムの全てが変わった。だからもう、一人には戻りたくない。


 ずっとここに祐介といられたらいいのに。


 そんな願いが、じわりと沸き起こった。


「野原さん、これお願い出来る?」


 木佐ちゃんが書類の確認を依頼してきたので、リアムは意識を仕事に切り替えると、昨日の遅れを取り戻さんと作業に没頭し始めた。



 一日はあっという間に終わった。終業時間から僅かに超えてしまったが、ここまでほぼ残業なしでこれている。タイピングなるキーボードを叩く速度もかなり上がり、リアムはこういった作業に向いているのかもしれない、などと思い始めているところだった。


「お疲れ様でした」


 祐介と共に会社を出ると、祐介がようやく、といった雰囲気でリアムの手を握った。


「禁欲させられてる気分だったよ」

「今日は思い出してなどおらぬぞ」


 師については少し考えたものの、帰りたいと懐かしむことはしてはいない。祐介からも過剰反応はなかったので、あの程度であれば問題ないらしいのが分かった。それが分かっただけでも一歩前進だ。


「だって離れたくないもんね」


 祐介が堂々と言い切った。そして不貞腐れた顔を作る。


「佐川の奴に、本当に何もされてない?」

「謝られただけだ」

「あ、その話をしてたのか」

「そうだ」

「なんだ、安心した」


 この様子では、以前のサツキに興味があったと言われたことは話したら、祐介と佐川の仲にひびが入りかねない。この件は黙っておこう。リアムはそう思った。

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