第457話 魔術師リアムの上級編、魔法陣

 祐介が急いで買ってきた大きい紙と、小さめの練習用の紙。まずは小さめの紙に、記憶の中にある転移魔法陣を描いてみることにした。


 家の保存庫には腐食を遅らせる小さな魔法陣を描いたりはしたが、ここ数年自ら魔法陣を描くことなどなかったので、記憶があやふやだった。


「うーん、ここが思い出せん……」

「魔術師ってあまり魔法陣は描かないものなの?」


 祐介が紙を上から覗き込んで尋ねた。


「魔法陣は、魔道具屋が一通り揃えていたからな、若い頃は金がなくて自作していたが」

「魔法陣って買うんだ……」

「そうだ。よく考えたら、アグレッサの同等効果のある魔法陣だとてあった。すっかり失念していた」

「なにアグレッサって」

「攻撃力増加効果だ」

「攻撃力上げるの? 人は殺しちゃ駄目だよ、サツキちゃん」

「分かっておる」


 リアムの世界とてそれは同様だった。


「じゃあさ、治療する魔法陣とかもあったりするの?」

「あるな。私は僧侶の適正がないので、一人で行動する時は薬草とその魔法陣をよく持っていっていた」

「そこはやっぱり薬草なんだ」

「やっぱりとはどういうことだ」

「いえ、別に」


 考えてみれば、祐介の怪我を治すのも、魔法陣を使用すればもう少し効果があったかもしれない。だが、それこそ僧侶系のものなのでどんな文字が刻まれていたかも相当なうろ覚えだ。


「サツキちゃん、何か小難しい顔をしてるよ。今日はゆっくりする日だった筈なのに何だか慌ただしくなっちゃったからさ、魔法陣は後にしてゆっくりと」

「うう、だがな、後ここの文字だけなのだ。フルールの何となりて、だったかを忘れた」

「僕にはさっぱり。まあさ、明日は明日の風が吹くって言うし、今日はゆっくりと」

「それだ! でかした祐介!」

「はい?」


 リアムは魔法陣に改めて向き直った。


「思い出した。白き羽根を持つフルールの風となりて我を導け、だ」

「ゆっくり……」

「祐介は休んでおけ、今日も疲れただろう」

「まあ大分興奮はしたけど」

「……祐介?」

「ごめんなさい」


 やはり、段々祐介の言動が遠慮のないものになってきている気がしてならなかった。リアムは今日の祐介の激しい口づけをつい思い出してしまい、頬も耳も首も火照ってきてしまった。


 リアムは意識を無理やり魔法陣に向けることにした。


「これをもう一枚描けば、互いの場所の行き来が出来る筈だ」

「それって僕でも通れるの?」

「私と祐介の手形を押しておけば、互いしか行き来出来ぬ様になる」

「手形……」

「だがまずはこの世界でもきちんと発動するかの実験だ。もう一枚描くぞ」


 すると、祐介がリアムの背中側に座った。する、と腰に手が回される。


「こ、こら! 描けないだろうが!」

「描いてていいよ。僕ここでゆっくりしてるから」


 祐介はそう言うと、また首に唇を這わせ始めた。思わずゾワワ、としてしまいリアムが震えると、耳のすぐ下にある祐介の口が笑ったのが分かった。


「ほら、魔術師は集中じゃないの」

「……くっ!」


 やはり一度外れたタガは完全には元通りといかないらしい。リアムは煩悩を追い払う為、魔法陣に集中することにしたのだった。

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