第381話 魔術師リアムの上級編初日の疑問

 祐介の顔は蒼白になっていた。


「どうした? 顔色が悪いぞ」


 思わず背後を振り返ると、祐介が今にも泣きそうな顔をしているではないか。


 祐介が、絞り出す様に言った。


「……今、何考えてたの」


 リアムは答えられなかった。これまで寂しい生活を送っていた祐介は、リアムに傍にいて欲しいという言葉の意味を、そこまで深く考えてはいないのかもしれなかった。


 リアムとて、祐介を拒絶はしたくない。ずっと傍にいられたら、どれだけいいだろうか。何も考えずに祐介の隣で笑っていられたら、どんなにか幸せだろうか。


 だから、嘘をついた。


「腹が減ったと考えていた。私の来た世界で食べたタコモドキヤキが懐かしいな、とつい思い出してしまっていた。思い出すなと言われていたのにも関わらず、思い出してしまって済まない」

「タコモドキヤキ……」


 祐介が不思議そうな顔をして首を傾げた。


「タコモドキはこの世界にはないか?」

「タコはあるけど、タコモドキはないね」

「美味いのだがな」

「ねえサツキちゃん、美味しい食べ物を僕がこれからいっぱい作るし教えるから、元の世界のことを考えるのはもうやめようよ」


 拗ねた様に祐介が言った。顔色は元に戻ってきていた。


 リアムは内心焦っていた。何故魔力も持たない祐介が、リアムが元の世界のことを考えているとこうも反応するのか。


 リアムは腐っても魔術師だ。事象には必ず原因がある。だから、聞かずにはいられなかった。


「祐介、お前は何故そこまで私が元の世界のことを思い出すのを嫌がるのだ? 何故分かる?」

「何故って……何となく今もそこにいる気配が薄まった気がして」

「気配? だがサツキはここにいるではないか」


 身体が消え失せるなど、魔法がないこの世界ではあり得ぬことであろう。


「そうじゃなくて、サツキちゃんの中身が薄く感じる時があるというか」


 サツキの中身。リアムのことだろう。やはり祐介は、リアムのことをリアムと素直には呼ばない。何故そこまで拘るのか、リアムには到底分からなかった。


 リアムは考え込んだ。元の世界のことを思い出すと気配が薄くなるということは、それはすなわちリアムとサツキを繋ぐ道がまだ残っているということではないだろうか。


 道が残っているから、本来の自分の身体の方が安定度が高いと考えられるから、だから。


「……戻ろうとしている、ということか?」


 リアムが考察の結果を口に出した途端、祐介がリアムの肩をガシッと掴んでリアムを祐介に向かって正面に向かせた。顔が怒っていた。


「どうして!」

「ゆ、祐介?」

「駄目だよ! もう絶対、食べ物のことも思い出しちゃ駄目だ!」

「わ、分かった、分かったから落ち着け」

「どうしたら!!」


 祐介の瞳が潤んでいた。何てことだ。あの祐介を、リアムが泣かせてしまったのだ。


「どうしたら、ここにいてくれるんだよ……」


 祐介のあまりの狼狽ぶりに、リアムは何も言えなくなった。


 だから、祐介の頬を両手で挟み、背伸びをしたがおでこは届かないので、鼻の頭にキスをした。すると、祐介はリアムの頭を鷲掴みにし、思い切り抱き寄せたのだった。

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