第351話 魔術師リアムの中級編五日目の雫

 ブラインドの魔法は、リアムが着替え終わったところで効力が切れた。ぱ、と視界が晴れ、今正に風呂から出んと立ち上がったところだった祐介の股間が、丸見えになった。


「あ……済まぬ」

「あ、あははは……」


 しっかりと見てしまった。如何にリアムが男といえ、今は女だ。さすがに見られたくはないだろう。急ぎ背中を向けた。待つ間、考えた。


 先程認識してしまったリアムの本心。それはこの男には負担にしかならないだろう。


 男であり女であり、厄介ごとばかり持ち込むリアムの面倒を、なし崩し的にみる羽目に陥っただけだ。一緒に過ごしている内に、それまで寂しい生活を送っていた祐介は、リアムに情が移っただけだ。これから先、祐介は他の女性と出会い、家庭を築いていくのだろう。


 そこにリアムが入る場所はない。


 今ここでリアムが祐介を好きだと言ってしまえば、この男はきっと、困った様に笑うのだろう。そういうつもりはないと。何故なら、これまでのことは全てリアムが一人で生きていける様になる為の手助けに過ぎないのだから。


 それが分かっていながら、伝えるのは純粋にきつい。そして言ったが最後、気まずい状態になるのは目に見えていた。


 ならば、絶対に言わぬ。


 祐介の枷となる様なことは、絶対しない。それがせめてもの恩返しだと思った。


 祐介が後ろに来て拭いている音がする。


 でも、言わなければ多少なら触っても、いいのではないか? 祐介だって、シャンプーの匂いを嗅ぐ為によくくっついている。祐介がよくて、何故リアムがいけないのか。


 リアムは結論を出した。接触が増える分には、まあ問題はない。多分。それにきっと、今日はおかしな日だから、だから男同士だろうがこんな気になるのだ。そうに違いない。


 祐介をちらっと見ると、浴衣を着ているところだった。足が一歩出る。


 祐介は驚かないだろうか? でも前に、リアムから触れてみたらと言っていた。


 リアムが今一歩踏み出せないでいると、祐介が振り返った。


「サツキちゃん、お待たせ……えっ」


 目の前にリアムがいて、祐介は言葉通り飛び上がった。そんなに驚かなくてもよかろうに。


「祐介」

「ど、どうしたの」


 髪の毛から雫が落ちてくる。祐介はいつも髪の毛の拭きが足りないのだ。


「垂れているぞ」

「え? あ、うん、なんだ」


 リアムは手を伸ばし、タオルで祐介の頭を拭く。風邪でも引かれたら大変である。こいつは師と同様、どうもいまいち自分のことは適当な感じがして仕方がない。


「祐介はもう少し自分を優先した方がいいぞ」

「どうしたの急に」

「私はお前のことを心配しているのだ」

「心配させる人に心配って言われた」

「私はいずれ独り立ちするだろう。私が傍にいなくなった時、こんな無頓着ではすぐに風邪を引くぞ」


 すると、祐介の表情が固いものになった。


「……ずっと一緒にいたいって、思ってないの?」


 寂しい心境の祐介には、拙い一言だった様だ。


「私は……一緒にいたいと思っているぞ」


 祐介を見上げて、目を見た。


 そして、先程までは踏み出せなかった一歩を踏み出し、祐介の首に腕を回した。


「だから、そんな顔をするな、祐介」


 泣きそうな顔の祐介に、言った。

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