第349話 魔術師リアムの中級編五日目、気付かされたこと

 リアムが後ろを向いている間に、祐介がさっと脱ぐと洗い場へ直行し、物凄い勢いで洗い始めた。


 ブラインドの効果は濃くはないが、それでも目隠し程度にはなっている。薄暗い闇の中にいる祐介の輪郭は分かるが、薄ぼんやりとしている。あれならまあ問題ないだろう。


 洗い終えた祐介が、急いで湯船に浸かった。


「サツキちゃん、いいよ」

「承知した」


 何だか可笑しな入浴になってしまったが、まあこれも思い出にはなろう。やや見えてしまう箇所もあろうが、使える魔法はあと一回。


 だがこれ以上魔法を使うと、サツキの場合恐ろしく腹が減るので、出来たら使わずに取っておきたかった。リアムがリアムだった時は、下手をすると気を失っていたことを考えると、まだ可愛らしい症状ではあろうが。


 リアムも洗い場で髪や身体を洗うと、非常にさっぱりとした。髪の水気を絞り、タオルで頭をぐるっと巻き固定する。これで髪が湯に入る心配もなかろう。


 リアムは湯船を振り返った。祐介がいるのが何となく見えた。


「祐介、入るぞ」

「……うん」


 恐らくまたあの照れ臭そうな顔をしているのだろう。可愛い奴だ。リアムは思わず笑ってしまった。すると、祐介が少しいじけた様な声色で聞く。


「……なに」


 そういうところも、普段のしっかりとした優しい祐介とは違って見えて、これは本当に照れていてどうしていいか分からずにいるのだな、ということがリアムにも伝わってきた。


 リアムは湯に足をそっと入れながら、答えた。


「折角の露天風呂なのに、景色も何もあったものではないな、と思ったら笑えたのだ」

「確かに、何も見えない」


 祐介も笑った。


 湯の温度はぬるめで、リアムは手を伸ばしても祐介にはギリギリ届かない程度の距離の場所で腰を下ろした。


 へりに沿って、祐介の腕が投げ出されているのが見えた。顔は見えない。


「後でさ、大浴場の方の露天風呂に行ってみるといいよ」

「そうだな、いい考えだ」


 リアムも、祐介を真似てへりに腕を出した。のんびりと入るなら、少しは涼みながら入らないとすぐにのぼせてしまいそうだった。特に今日のサツキの身体は、少しおかしいから。


 すると、もやの向こうから祐介が少し手を伸ばすと、リアムの指に祐介が指を絡ませてきた。


「……何となく、不安になったから」

「はは、顔が見えないからな」


 リアムは空を仰いだが、やはり暗くてよく見えない。魔法によるものだ、未経験の祐介は不安になっても仕方ない。


 そして、そんな祐介が愛おしく感じた。


 温泉の湯で濡れた手から感じる、祐介の存在。


 リアムは唐突に気が付いた。気が付いてしまった。


 祐介のことが、好きだと。


 そして同時に知っていた。リアムがいる限り、祐介の未来は奪われ続けることも。


 でもせめて、せめてリアムが一人で生きていける様になるまでは。


 こうして、この優しい手と繋がっていたい。祈る様な思いで、願った。

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