第346話 OLサツキの中級編四日目、仕込み
ユラがいるであろう台所にむかうと、ユラがまな板の上で何かを切っていた。
「ユラ、お待たせ」
ユラがサツキの声に振り返った。
「お、支度出来たか」
「うん。仕込みって何してたの?」
サツキがまな板を覗き込むと、どぎつい青色の何かを刻んでいた。どうしてこの世界の食べ物はパッションカラーが多いのか。一般市民はこれを見ても食欲は失せないのか。
「ユラ……この青いの、何?」
ん? とサツキを見て軽く微笑むユラの肩越しに揺れる金髪に、台所の硝子窓から差し込む穏やかな日の光がキラキラと反射していた。何かもうこれだけで今日はもういいやという気にさせる、この色気。とても年下の男のものとは思えない。少しは分けてくれないか、正直そう思った。
「アオイロカイモドキ」
「でた、なんとかモドキ」
カイモドキということは、貝ではないのだろう。でも解体されているそのフォルムを見ても、貝にしか見えない。
ユラが、スライスした一枚を指で掴んで持ち上げた。
「こいつは貝に擬態したタコだ。刺身でも美味いが、炊き込みご飯にしようかと思って」
青色の炊き込みご飯が出来上がりそうだな、と思った。でもまあパンも慣れた。きっとそれも慣れるに違いない。
ユラがサツキの前に指に挟んだ一枚を持ってきた。
「食ってみるか? 大人な味だけど」
人を試す様な言い方に、サツキはむっとしてしまった。
「食べる」
サツキが手を出すと、ユラが手を後ろに引いた。
「口を開けろ」
とんでもない言い方である。サツキが恨めしそうにユラを見ると、ユラの頬が実に楽しそうに緩んだ。
「ほら、食えねえのか? サツキはお子ちゃまだなー」
「食べないなんて言ってないし」
イラッとしつつも、サツキは口を開けた。ユラの指が口の中に入ったが、タコを離さない。え? と思ってユラを見上げると、ユラがにたりと笑った。
「口閉じたら離す」
この男は。見た目はアイドルだが、中身は変態だ。サツキはどうしようか正直迷ったが、ここで引くとまたこの後暫く何か言われるのはもう分かっていた。
覚悟を決めて、ユラの指ごと咥えた。歯でタコを確保し、顔を引いてユラの指を口から出した。ユラは何か言うかと思ったが、何も言わずサツキをじっと見ている。怪しい。
サツキはユラの様子を窺いながらタコを噛み始めた。すると。
「にっがああああ……っ」
苦いし渋さが半端ない。すると、ユラがそんなサツキの様子を心底楽しそうに眺めつつ、言った。
「たまに苦い場所があるらしいぜ。本当にそんな苦いのか?」
絶対分かってて苦い場所を渡してきたであろうユラが、わざとらしさ全開で言い切った。でも本当に苦い。サツキが涙目になってこくこく頷いていると、更にとんでもないことをのたまった。
「俺にも味見させて」
あっという間だった。ユラの顔が近付いてきたかと思ったら、もう口が塞がれていた。口の中にぐりぐり舌を入れてきたかと思うと、タコを絡め取っていく。いつの間にかサツキの腰に手が回ってきて、逃さねえぞな体勢になっていた。
思ったよりも苦かったのだろう、実に苦そうな顔をしたユラが、口の中から奪っていったタコをごくん、と飲み込む。次いでニヤリと笑ったかと思うと、更に舌をサツキの舌に絡め始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます