第269話 魔術師リアムの中級編四日目の飲み会開始

 座敷の前に、久住社長が立っていた。


 スポーツジムなる施設に通うのが日課だということもあり、引き締まった体躯をしている。顔面は何の変哲もないごくありふれたのっぺり顔だが、着ている服は明らかに上等そうであり、且つぴしっとしている。男臭い雰囲気のある、女子おなごにもてそうな外見の持ち主だ。


「ごめんごめん、早川さんに捕まっちゃってさ」


 ははは、とわざとらしく笑うと、愛人だと分かっている社員達も同様に笑って流した。


「社長は上座のあちらです!」


 松田が胡麻をスリスリ、座敷の一番奥、リアムと木佐ちゃんの間の席を差した。


「両手に花の席ですよ!」


 松田が更に続けると、それまで嘘くさい笑みを浮かべていた木佐ちゃん、ついでに祐介のこめかみもぴくっとした。田端は明らかに冷めた目を向けたが、ここでセクハラだ何だと揉めてはならないことは皆一様に理解しているのだろう、しん、となったはなったが、誰も言及はしなかった。リアムは思った。確かに空気を読まない松田という話は納得出来た。この世界にまだまだ不慣れなリアムですらこの気不味さは分かるというのに、あいつは全く理解していない様だ。


 まあいい。今日一日の我慢だ。


「じゃあ皆さん始めはビールでいいですか!?」


 山口が店員を呼ぶ間に松田が飲み物を確認する。久住社長が着席すると、祐介と木佐ちゃん、潮崎が社長に「お疲れ様です」と挨拶をした。リアムも慌てて「お疲れ様です」と小さく会釈をした。まだまだこの世界の作法というものへの造詣が浅い。


「あれ、野原さんてお酒飲めたっけ?」


 にこやかに久住社長がリアムに話しかけてきた。


「あの、一杯までなら大丈夫……です」


 すると、祐介がじと、という目をしてリアムの袖を引っ張った。リアムは祐介に顔を近付けると、小声で聞いた。


「なんだ」

「なんだ、じゃないよ。飲むの? 止めておこうよ」

「一杯位いいじゃないか」

「駄目。絶対悪酔いするよ」


 すると二人の様子を少し驚いた表情で観察していた久住社長が、はは、と笑って祐介に話しかけた。


「山岸くん、君本当に野原さんと付き合ってたの? 僕さ、噂で聞いたけど嘘だと思ってたよ」

「本当に付き合ってます」


 祐介がきっぱりと言い切った。笑顔が怖い。久住社長の隣にいる木佐ちゃんが、少し怯えた目をして祐介を見ていた。木佐ちゃんも祐介の笑顔の圧を感じたことがあるのだな、と納得した。


「じゃあ野原さんがお酒弱くても送ってもらえるね。どうせなら僕も若い女の子と乾杯したいし、はは」

「ははは、僕の彼女ですけどね」


 爽やか過ぎる作り笑顔で祐介が言った瞬間、大慌てで潮崎が久住社長を呼んだ。


「しゃっ社長は今日は在社されてたんですか!?」

「何言ってるの、お昼一緒になったじゃないか」

「あ、そうでした! あはははは!」


 済まぬ、済まぬ塩崎氏よ。リアムは祐介を軽く睨みつけると、祐介が下唇を出した。そんな顔しても駄目だ。リアムは祐介の膝を軽くペチンと叩いた。


 すると、祐介が嬉しそうに小さく笑ったのだった。

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