第239話 魔術師リアムの中級編三日目午後の仕事後

 午後も後半に入ると、木佐ちゃんの様子のおかしさといったら不審者ではなかろうかと思う程落ち着きのないものになった。


 祐介にさては飲み会の話をしたのかとメールで尋ねると、日程が出ていないのでまだ言っていないとのことだった。するとこれは、もしかして。


 はっと気付いた表情を浮かべたリアムを見る祐介の笑顔には、はっきりと「ざまあみろ」と書いてあった。祐介は木佐ちゃんに関する件はリアムに対して優しさのかけらなど一切見せなくなる。何故だ祐介、そこまでして勝負に勝ちたいのか。


 それで確信した。木佐ちゃんは、潮崎との晩餐を心待ちにしているのだ。だが今日はあの羽田がいる。またいつ何時暴れるか分からない。


 頼むから今日は早く帰ってくれ。木佐ちゃんの顔にはそう書いてあった。皆、顔に色々と出過ぎである。


 すると、祐介がパソコンを触り、何かを読んだのだろう、一瞬表情を曇らせた後、カチャカチャッと軽く打った後にマウスをポチッと押し、リアムを見た。物凄く嫌そうな顔をしている。


 リアムは急ぎメールを確認すると、案の定祐介からメールが届いていた。メールは佐川のメールの転送の様だ。明日夜に飲み会をすることを、社長が了承したらしい。


 リアムは頷いてみせた。すると、観念したのか祐介が暫く項垂れた後、実に嫌そうに立ち上がると木佐ちゃんの横に行き、しゃがみこんでなにやらコソコソ話をし始めた。


 木佐ちゃんを飲み会に来させる誘いであろう。大方の予想はついたが、時折木佐ちゃんが怯えた様にこちらを見るのが気になる。祐介の顔を見ようとすると、あの満面の笑みが見えた。


 リアムはもう知っている。あれは笑顔という名の圧であることを。


 一体何を話しているのだろう。非常に気になった。


 祐介と目が合うと、にっこりとされ、木佐ちゃんの影に祐介が隠れたかと思うと何かを木佐ちゃんに言ったのだろう、木佐ちゃんが慌てた様にこくこくとしつこい位何度も頷いた。そして祐介が立ち上がると、自席へ戻って行った。


 木佐ちゃんを見ると、やや俯きがちで宙を見ている。大丈夫だろうか。


 すると、木佐ちゃんの呟きが聞こえた。


「ブラック山岸……」


 意味が分からず、リアムが木佐ちゃんに声を掛けようとしたその時。


 壁掛けの時計から、終業時刻を知らせるチャイムが鳴った。


「お先に!」


 真っ先に羽田が立ち上がった。今日はとても大人しかった。これはひとえに橋本の存在のお陰だろう。


 少し間を置いて、今度は祐介が立ち上がるとリアムの椅子の背もたれに手を置いた。


「サツキちゃん、今日晩ご飯何食べようか?」


 早く帰ろうの意であろう。チラリと横を見ると木佐ちゃんも帰り支度を始めつつ時折チラチラと潮崎の方を振り返っている。この二人、確か牛タンなるものを食べようと言っていなかったか。


「牛タ……」

「えーまた牛丼? ご飯作る時間勿体ない? あ、映画観たいのかな? じゃあ今日はサツキちゃんが観たい映画を選んでいいよ!」

「祐介、私は牛丼ではなく牛タ」

「よし! 善は急げだねサツキちゃん! あ、木佐さんお疲れ様でした!」


 祐介はそういうとリアムのパソコンを操作し勝手に電源を落とし、あの圧たっぷりの笑顔になった。

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