第215話 魔術師リアムの中級編三日目にいくちょっと前

 昨晩、祐介は何も聞かず、ただ縋り付いて泣くリアムの頭を優しく撫で続けてくれていた。


 リアムは、何度か何故泣きたくなったのかを説明しようとはしたのだ。だが、その度に嗚咽が激しくなり上手く言葉に出すことが叶わず、祐介の腕に力が籠るだけの結果になったのだった。


 ただひたすらに優しい祐介の胸の中で、リアムは思った。


 思うに、視覚というものは、ただ脳内で思い返すよりも遥かに、その記憶に関連付いたものをまざまざと思い起こさせるものなのだと。


 以前祐介にリアムの兄弟の話をした時は、平気だった。思い出したのは、師と繋いだ手のことだけだ。


 だから今回は明らかに過剰反応である。少女の姿が幼い自分と重なった。これは多分彼女が魔女という、本来のリアムに近しい存在であったこともその理由の一つであろう。


 魔力を持つが故に親元を離れなければならない少女と、魔力を持つが故に師の元に連れて行かれたリアム。もしリアムが魔力を持たない子であった場合とて、あの場に留まれたかは不明だ。リアムは兄弟の中では最年長者であったから、次の弟がどうなったかは分からない。


 だが、それを思う度に思い出す母親の言葉があった。「この子は可愛げがない」と、よく言われていたそのことを。

 

 ようやく涙が収まり、祐介がインスタントだけど、と珈琲を持ってきてくれて飲んでいる時に、だから尋ねた。


「祐介、私は可愛げがない人間か?」

「なんで?」

「いや、子供の時分によくそう言われたのでな。それに伴侶も家族も縁遠かったのは、そこに原因がありそうだと思……」

「何言ってんの可愛いよ」


 祐介が食い気味に言った。


「いや、祐介が見ているのはこのサツキの外見であろう? 私が言っているのはそうではなく」

「中身可愛いよ」

「……そうか?」


 祐介がこくこくと頷いた。


「前に言ったでしょ? 中身がリアムじゃなかったら助けなかったかもって」


 そういえばそんなことを言われた記憶があった。


「僕だって別に慈善事業でサツキちゃんといる訳じゃないし」

「では何故一緒にいてくれるのだ?」

「あ……ええと、楽しいから」

「楽しい? 私は楽しい人間か?」

「楽しい」


 即答だった。祐介が顔を近付け覗き込んでくる。


「そりゃあさ、僕が見てるのはサツキちゃんの姿ではあるけど、でもこうやって話してるのはリアムの方でしょ? 僕ちゃんとリアムの顔だって見てるし、僕にとっては二人が融合して今のサツキちゃんがあるっていうか」

「融合……」

「うん。どっちかっていうんじゃなくて、二人で一人。以前のサツキちゃんのままだったら僕に意見なんて言わなかっただろうし僕も聞かなかっただろうし、こうやって隣にいることもなかっただろうし、僕も興味……一緒にいようなんて思わなかっただろうし、逆にリアムの姿でリアムの魔力を持ったままこっちに来てたら多分リアムは僕の手助けなんて必要としなかっただろうし」

「祐介……」

「だからさ、言いたくなったら聞くし、言いたくなかったら聞かないけど、それでも隣にいるから」


 祐介がにっこりと笑った。

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