第211話 魔術師リアムの中級編二日目夜の治療

 蕎麦なる食べ物は非常に美味であったが、やや塩みが多い様な気がした。すると、「通はちょんちょんと付ける程度らしいよ」と祐介が言った。蕎麦の食べ方一つにも流儀があるのか。侮りがたし、和食。


 蕎麦にかき揚げ、天ぷらに、今日の味噌汁は玉ねぎ、人参、キャベツ入り。祐介曰く、余っていた野菜をぶっ込んだとのことだが、それにしても恐ろしくしっくりくる味噌のこの調整力。豆腐とワカメの日本の心とやらも素晴らしいが、それよりも素晴らしいのはこの味噌という代物であろう。この汎用性というか懐の広さは、祐介を思い起こさせた。


「祐介は味噌だな」

「は? ごめん意味が全然分かんない」

「祐介、映画の前にもう一度頬を治そうか」

「え、うん、それは嬉しいけど僕の質問」

「気恥ずかしいではないか、流してくれ」

「味噌が何故気恥ずかしいのかを是非知りたいんだけど……」

「いいから!」

「……はい」


 リアムが祐介を尊敬の念で見ていることを知られてしまうと、何というか自分が若造に戻ったかの様に感じ少し照れるのだ。いや実際サツキという祐介よりも年下の身体になってしまった以上は祐介よりも確実に若造な訳であるが、そういうことではなく。


「日本の心とは、奥深いものだな……」

「うん、まあいいや。片付けようね」

「今日は私がやるぞ!」

「じゃあ、お願いしようかな。僕は映画の準備をしておこう」


 各々役割を分担し、最短で目的に達することが出来る現状。つい先日までのリアムの足手まといっぷりからすると大成長だと我ながら思うのだが、果たして祐介もそう思ってくれているのだろうか。祐介はすぐに些細なことでも褒めてくるので、それがどこまで本当か分からなくなってくるのだ。でも、嬉しいは嬉しい。人に褒められて怒る者などそうそういないだろう。


 洗い物が一通り済むと、リアムは祐介が待つベッドの上に上がった。祐介の頬を覗いてみる。まだ少し痛々しい青痣が確認出来た。


「祐介、私の方を向いて」

「……うん」

「口の中はどうだ? まだ痛いか?」

「いや、もう殆ど。外側の方が若干痛い位で」

「やはり一回では完全にはいかぬか。適性がないとここまでとは」

「そういうものなんだ?」

「そういうものだ。――よし、集中するぞ」

「お願いします」


 リアムは祐介の口元にほど近い頬に手のひらを当てる。目を閉じ、全てを手のひらに集中する。ふー、と息を吐き、唱えた。


「ヒールライト!」


 魔力が流れていくのを感じる。祐介を怪我させてしまったのはリアムだ。これ以上祐介に痛い思いはさせたくなかった。治れ、治ってくれ。


「あ、痛くなくなった」

「本当か? 良かった!」


 リアムがほっとして笑顔になると、祐介もにっこり笑顔になった。


「じゃあ次はサツキちゃんの番だよ。髪の毛乾かすから座って」

「そうだった、暑かったから忘れていた」

「僕の楽しみだから、させてね」

「本当にシャンプ―の香りが好きなのだな」

「うん、好き」


 好きを語る祐介は子供みたいで、純粋に可愛いな、と思ったリアムだった。

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