第197話 魔術師リアムの中級編二日目の魔法

 羽田の拳が祐介の頬に当たり、祐介は背後の机に腰を打ち付けてしまった。


「いっ……!」

「ちょっと羽田さん! あんた何やってんの!」


 潮崎が慌てて止めようとするが、弛んではいるものの体格が潮崎よりも遥かにいい羽田は軽く潮崎を跳ね除けてしまった。


「――祐介!」


 リアムが思わず駆け寄ろうとすると、祐介が無言でこちらを見て急いで首を横に振った。来るなということらしい。だが打ち付けた腰も殴られた頬も痛そうで、祐介は頬を押さえている。羽田は興奮気味に、机にもたれかかってしまった祐介を見下ろしていた。ああ、また腕を上げている! 


 ――何とか止めなければ。リアムの横に立って顔を青くしている木佐ちゃんの視線は羽田の方にあり、リアムの方は気にしていない。考えろリアム、サツキの魔力は少ない。初級魔法ですら一回で完遂出来ないことを考えると、多少強い効果がある呪文でも傷つけることは出来ないだろう。とすると、この場で一番効果的なのは。


 人差し指を羽田の腹の辺りに向け、心の中で唱えた。「ウィルウィンディーン!」と。


 すると、ふっと小さな風の刃が羽田のズボンのベルトに当たったかと思うと、今正に殴りかからんとしていた羽田のズボンが、落ちた。


「うおおっ!?」


 下に履いているのは、なんともなさけない白のピッタリとした下着だ。むちむちの太ももに生えた毛が汚らしい。人間、全く鍛えないとああも弛んでしまうのだ。醜いの一言だった。


「ちょっと羽田さん、あんた一体何やってんの!」

「うわー引く……」


 磯崎と山口が、その情けない下着から目を背けた。


「おっ俺は何もしてねえよっ勝手にズボンが……! あっベルトが壊れてる!」

「太り過ぎなんじゃないの」


 潮崎は容赦ない。山口がぽてぽてとふくよかな身体を揺らしながら祐介を助け起こした。


「こっこんなんじゃ営業に行けねえから! 今日は有給だ!」

「あんた有給残ってんの?」

「うっせえっつーの! 帰る!」


 手でズボンを持ち上げながら、殴りつけた祐介に謝りもせず羽田はドタドタと出ていってしまった。


「あー、口の中切れちゃってるね」


 山口が痛々しそうな表情で祐介を見る。


「すみません、ちょっと腹立っちゃって、キツイ言い方しちゃいました」

「彼女を馬鹿にされたら怒るって。サツキちゃん、ちょっと診てあげてよ」

「あ、はい!」


 念の為木佐ちゃんを見ると、まだ驚いた様な表情をしていたものの、頷いてくれた。


「祐介――」


 これはリアムの所為だ。リアムがイラッとしてしまったから、それで祐介が羽田を止めに行って、そして怪我をしてしまった。


「済まな……」

「謝らなくていいよ。僕がやったことだし」


 祐介に先手を打たれてしまった。口の端から血が出ている。とりあえず拭いてあげなければだろう。


「とりあえず給湯室に」

「……うん」


 祐介は、まだ少し怒っている様だった。顔が怖かった。

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