第183話 魔術師リアムの中級編二日目開始

 昨晩は、祐介が丹念にマッサージをしてくれたお陰で、ぐっすりと非常によく寝れた。腕を回してみるが、肩こりも残っておらず快適である。サツキは若いので、回復が早いのもその理由の一つであろう。


 毎日同じマントを羽織っていたリアムからしたら意外なのだが、同じ服は連続して着てはならないらしい。その為だろう、サツキの大して大きくもない衣装掛けには数着のスーツとブラウスが掛けられていた。もう少し暑くなれば、女性に限っては半袖のブラウスでの出勤が可能とのことだが、男性はネクタイを外すことしか許されない、と祐介が珍しく愚痴を言っていた。


 リアムがいたバルバイトの街周辺の気候は非常に穏やかで、夏も一歩影に入れば涼しい。日本の夏は恐ろしい、と祐介が脅す様に笑っていたので、リアムが実際に燃やされたあのドラゴンの炎の様な暑さを想像した。もう二度と焼かれたくはないものである。あれはさすがに怖かった。


 化粧を済まし、スーツを着用し、ストッキングに挑戦だ。今日はさすがに祐介の手は借りたくない。あの絵面が拙過ぎる位の認識はリアムにもあった。いくら男同士といえ、この身体は女だ。万が一間違いがあったら、さすがに祐介とはどういう顔をして今後過ごしていけばいいのか分からない。


 そんなことを考えながらストッキングを手繰り寄せていると、爪に引っかかりピーッと伝線してしまった。


「あああああっ!」


 やはりどうしてもうまくいかない。リアムは思い切り凹んだ。すると、タイミング悪く扉を叩く音。


「おはよう、……サツキちゃん?」


 そーっと伺う様に扉から顔を覗かせた祐介の眉が、情けなく垂れ下がる。


「まーたそんな泣きそうな顔して。どうしたの?」

「ストッキングが、うまく履けぬ……。一つ破いたところだ……」

「あ、ああ、うん、ええと」


 祐介が思い切り挙動不審になる。分かる、分かるぞ祐介。リアムも全く同じ気持ちだから、お前の戸惑いは理解出来るぞ。


「は、履かせる?」


 恐る恐る、祐介が提案してきた。だがリアムは首を横に振る。


「その、昨日の様なことがあってはだな、万が一ということもあるかもしれぬし」

「万が一……」


 祐介の口元が明らかに緩んだ。慌てて手で口元を隠しているが、にやけが止まらない様だ。健康な若い男子なので致し方ないとはいえ、これは非常に気恥ずかしい。


「祐介、その様な顔をするな」

「あ、ごめん、つい」


 祐介が部屋に入ってきた。頬を叩いて冷静さを取り戻そうとしている様だ。


「でも実際問題、そろそろ出ないとだよ」

「うう……では、では今日だけ、またお願いする……」


 遅刻は社会人として差し障りがあると祐介からは聞いている。この国の人間はかなり時間にうるさい人種とのことなので、気を付けねばなるまい。


「いい、サツキちゃん。心を無にするんだ」


 新しいストッキングを手に持つと、祐介がベッドに腰掛け膝を叩きリアムを呼んだ。


「では始めます」


 どう聞いても少し興奮気味の祐介が、唾を飲み込みつつ言った。

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