第165話 魔術師リアムの中級編初日の一悶着

 ひと通り会社内の説明を受けたリアムは、最後にサツキのだというコップを渡された。猫の絵が描いてある、如何にも女子おなごが好きそうな物だ。


「で、これからお茶とか珈琲とかがタダで飲める」


 給茶器なる機械を前に、リアムの目が輝いた。


「珈琲とな?」


 だが祐介は苦笑いだ。


「残念ながら、この珈琲は美味しくないかな。珈琲風のお湯って感じ。まあ飲んでみてもいいと思うけど」


 リアムが祐介の言葉にどうすべきか悩んでいたその時、給湯室からは離れた入り口の方から、男の怒鳴り声が響いてきた。


「あんた何だって社長に余計なこと言うんだよ!」

「山岸くんちの玄関蹴って大騒ぎしてたのはあんたでしょうが」


 羽田と潮崎だった。すでに他の社員も出社してきており、遠巻きに二人を眺めている。


「……サツキちゃん、後ろ隠れてて。今見つかると面倒臭そう」


 祐介はそう言うと、リアムを背中に庇った。社内の人間関係は、聞いただけでまだ実際にはこれから見て知ることになる。まだまだ不安だっただけに、祐介の気持ちは本当に有り難かった。


「やはり頼りになるな、祐介は」

「……ここは会社、ここは会社」

「どうした?」

「何でもないです。あ、ここでは僕のことは山岸さんって呼んでね」

「山岸……さん?」

「……何か逆に新鮮でいいかも」


 祐介と小声でそんなことを話している間にも、羽田の怒りは治らないらしく怒鳴り声が響く。


 ちら、と木佐ちゃんを見ると、明らかに怖がっている顔をしている。パラパラと座っている男達も、羽田の剣幕に戸惑うばかりなのだろう、ただ遠巻きに見ていた。


 あの剣幕に平然と立ち向かえる潮崎は、体つきこそひょろっとしており存在感も薄いが、実はなかなかに肝の座った人物なのかもしれない。


「ちょっと酔っ払っただけだろうが! あ、まさか警察呼んだのもお前か!? あの後どれだけ大変だったと思ってるんだよ!」

「あんたの行為が異常だからでしょうが。とにかくそう怒鳴るのやめましょうね、皆引いてるよ」

「やっぱりお前か! くそ!」


 羽田はそう怒鳴るとゴミ箱をガン! と蹴飛ばした。木佐ちゃんがびくっとしているのが見えた。可哀想に。


 すると、羽田がこちらに気付いた。祐介の後ろに隠れているリアムを見て、ニヤリと笑う。


「そうそう、木佐ちゃーん。山岸とサツキちゃん、付き合ってたんだぜ。俺らに内緒でよお!」


 そう言うと、木佐ちゃんの肩に手を撫でる様に置いた。嫌がって身をよじっているが、羽田の力が強いのかほどけないでいる。


 我慢の限界だった。


 リアムは祐介の影から一歩踏み出た。


「サツキちゃん?」

「見よ、祐介。あの木佐ちゃん殿の顔を! 女子おなごにあの様な表情をさせるなど、男の風上にも置けぬ!」

「サツキちゃん、喋り方が完全時代劇になってる」

「何を言っているのか分からんが、このまま放っておくのは私の信条に反するのだ!」

「じゃあ僕が止める」

「木佐ちゃん殿は私の上役だ!」

「……援護します」

「うむ!」


 リアムは執務エリアに入って行った。

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