第157話 魔術師リアムの中級編初日、いざ出勤へ

 祐介がボソリと耳元で言った。


「立って」

「……うむ」


 リアムは大人しく立ち上がった。


「目は閉じます」

「……頼む」

「大丈夫、僕郁姉が履くのを散々見てきたから。大丈夫大丈夫」


 祐介は自分に言い聞かせている様だ。というか、郁姉は弟の前でストッキングを履くのか。そこに恥じらいも何もないのだろうか、郁姉よ。


 祐介が太ももの部分にストッキングを引き上げていく。絵面としては非常に拙い状況だが、これは祐介の所為では勿論ない。


「これは郁姉、これは郁姉……」


 祐介がブツブツと口の中で呟いている。申し訳なさでいっぱいになった。


 ストッキングがかなり引っ張り上げられる。こんなにきついものなのか。成程、リアムの引っ張りでは全然足りなかった訳だ。


「失礼します」


 そう祐介が言うと、スカートがまくられた。時折足の付け根に指が当たり、さすがにこれはいくら中身がリアムだろうとちょっと障りがある気がした。だが耐えろ、耐えるんだリアム。そして一発で覚えるのだ。この感覚を。すると。


「あっこらっそこはさすがにっ」

「あ……ごめん」

「後は! 後は自分でやるから目を閉じていてくれ!」

「はい」


 先程の祐介の作業を見様見真似で丁寧にたくし上げ、腹の部分まで覆った。急いでスカートを元に戻し、整える。足を曲げたり伸ばしたりすると、思ったよりも馴染んだ。


「も、もういいぞ」


 祐介がゆっくりと目を開けたが、目を伏せてしまっている。済まぬ、済まぬ祐介。


「履けた?」

「もう明日からは大丈夫だ!」


 敢えて明るく答えた。


「あのさ……変なとこ触っちゃった?」

「祐介、それは触れてはならぬことだ」


 リアムはきっぱりと言った。世の中、知らなくていいことはある。祐介がはあー、と深い溜息をつくと、ふらっと立ち上がり呟いた。


「落ち着かせて下さい」

「へ?」


 祐介が昨日の様にリアムに抱きついたかと思うと、頭の匂いを嗅いでいる。何をしているのだこいつは。


「はあー落ち着く……」

「こら、化粧が付くぞ」

「あ、そうだった」


 離れた祐介は、もういつもの祐介に戻っていた。そしてリアムに手を伸ばした。


「さ、行こうか。会社近くのカフェで軽く朝ごはん食べてから、少し早めに出勤しよう。皆が来る前に、会社の席とか教えるから」

「そうか、席が決まっているのだったな」

「うん。PCのパスワードもさ、あの呪文で調べないとでしょ」

「よし! 行くか!」


 リアムが祐介の手を掴んだ。祐介の手に力が籠もる。


「僕はまずは木佐さんと交渉だな」

「交渉?」


 一体何をするつもりなのか。


「ふふ」


 祐介はただ笑顔を返すのみだった。

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