第146話 OLサツキの初級編三日目、ボス戦終わり

 ユラの掛け声でウルスラとアールが下がった。ふう、と息を吐き、ユラはアルバ蜥蜴のボスを見る。蜥蜴はサツキが掛けたフリーズの魔法で動けない状態だが、目だけがこちらを向いていた。


「汝、現世の器を脱ぎ去りて無垢な魂となれ……『ゴッドデスブレス』!!」


 ユラが呪文を唱えた瞬間、その恐ろしい呪文の内容とは裏腹に、蜥蜴の上にぱあっと白い光が差し込んだ。それはまるで、西洋の宗教画にある様な光景だ。キラキラと光の粒子が煌めき、上空から何かがやって来る。


 それは、この場には似つかわしくない、黒い影。それが天から無数の手を蜥蜴に伸ばしたかと思うと……突然物凄い勢いで蜥蜴に襲いかかった!


「!!」


 蜥蜴の身体を黒い手が覆い尽くしたかと思うと、何かを引っ張り上げて行く。白い蜥蜴の形をした、あれは魂なのか。


 思わずサツキが隣にいるユラに振り向くと、端正で日頃は冷たい印象を与えるその顔に浮かんでいたのは、恍惚の表情。


 ゾクリとした。だが今は邪魔は出来ない。サツキは恐怖を堪えながら蜥蜴に視線を戻した。


 魂が抜け切るところだった。黒い手が空へと帰って行く。


 そして唐突にその景色は消えた。途端、蜥蜴がサラサラと灰になっていく。ユラが勝ったのだ。


「ユラ……あ!」


 真っ白な顔をしたユラがふらついた。サツキは思わず駆け寄り、足にくっついていたラムも一緒に倒れかかったユラを、抱き抱える様にして支える。ユラも高身長だがリアムの身体よりは小さい。だから男でも支えることが出来た。


「ユラ、大丈夫?」


 この世界に初めて来た時のことが急に思い浮かんだ。泣きながらユラは抱きついていた。あの時はこんな皮肉屋だなんて思ってもみなかった。


「サツキ……ちと魔力くれ」


 ユラは冷や汗をかいている様だ。


「どうやって?」

「そのまま支えてて」

「うん」

「少しだけでいいから。……『エレ・ドレイン』」


 ユラが呪文を掠れ声で唱えると。


「……あ」


 力が抜けそうになった。何かがユラに向かって流れて行く。魔力を回復してもらった時とは逆方向だ。


「……フィン」


 途端、流れが途切れた。


「! はあっはあっ」


 心臓がバクバクいっている。くらりとして立っているのがきつく、サツキは支えていたユラと互いに支え合う様な形で抱き合った。


 少し顔色がマシになったユラが、ぼそっと言う。


「見えんのに触れねえ……でっかいのにな……畜生」

「は?」

「何でもない」


 ユラが一人で立てる様になったのだろう、サツキを支える手に力が戻ったかと思うと、サツキの頭をポンポンと撫でた。え?


「よくやった。偉いぞ」

「え? は? なんて上から……」


 呆れた様に言ったつもりだった。すると、ユラが耳元で小さな小さな声で言った。サツキにしか聞こえない位の声で。


「嬉しそうでやんの」

「え? いや! そんなこと!」

「ウルスラ! アール! なんかお宝あるか?」


 ユラは二人に声を掛けると、サツキから離れて行った。

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