第110話 OLサツキ、初級編二日目の夜の一人ダンジョン

 サツキが風呂を出ると、調理場ではすでにユラが釜戸に火を入れていた。タオルを頭に巻き、額には汗をかいている。


「ユラ、手伝うよ」


 サツキが声を掛けると、ユラが初めて気がついた様な顔をした。


「じゃあ、上のフロアで果物採ってきて」


 ニヤリとして言う。上を見ると、もう夜バージョンになっていて辺りは薄暗い。


 逃げない、先程そう決めた筈だ。昨日アールだって、ユラに言われて採りに行っていた。サツキだって出来ないことはないだろう。


「分かった! ちょっと行ってくる!」

「本気にすんなよ、馬鹿じゃないの」

「え?」


 行けと言われて、なのに本気にするなとはどういうことだろうか。サツキは訳が分からず呆けていると、ユラが苛々とした顔で言った。


「何なの、あんた」

「は?」


 ユラが睨む。睨みつけられる程のことをした記憶は……なくはない。


「女? 男? どっち? 何になりたいんだよ。ふわふわふわふわ中途半端でさ、目障りなんだよ」


 ぐさ、と刺さった。ユラが自分を見る目が、不思議な物を見る様な目つきになる。こっちこそ、こっちだってこいつが分からない。何故いきなりここまで敵意を向けられなければならないのか。


 周りを見渡したが。ウルスラもアールも、周りにはいない。


「あいつら探してるんだったら、まだ呑気に風呂入ってるよ」

「探して、ない」


 見透かされた様で、むかむかした。


「行ってくる」

「おい、冗談だって言っただろ!」

「言われてないし」


 サツキは頭に来ていた。悔しかった。何でパーティーの仲間にそんなことを言われなければならない、そう思って、……自分もユラとアールのことを散々馬鹿にしていたことに思い至った。


 なら、お互い様だ。


 怒りがすうっと消えた。


 上のフロアは飛ばしてしまって通っていない。一体どんなモンスターがいるのだろうか。


「ライト!」


 サツキが呪文を唱えると、杖の先が白色に輝いた。うん、綺麗だ。リアムの魔力だけど、自分で発生させた光だと思うと何だか誇らしい。


 すると。


 くい、と杖を握る手とは反対の手を掴むものがいた。


「え?」


 サツキの手を握っているのは、スライム少女だった。人相の悪い笑顔を見せる。それでもキュンとした。いや、あり。全然あり。


「一緒に行ってくれるの?」


 スライム少女がこくこくと頷く。何だか嬉しい。頼りにされるなんて今までなかったから。


「わた……僕が守るからね!」


 すると、スライム少女が首をブンブン横に振ると、繋いでない方の手を変形させハンマーの形にして、いきなり地面を叩いた。にや、とサツキに笑いかける。


 一緒に戦うぜ、ということみたいだ。


 何だか嬉しくなった。


「うん! 一緒に頑張ろう! 君……あ、ねえ、名前、あった方がいいよね?」


 スライム少女の表情がぱあっと明るくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る