第108話 OLサツキ、初級編二日目の風呂での決意

 いつまでも座り込んでいても仕方ない。サツキは沈む心から一旦目を逸し、最後残っていた下着を脱いだ。すっかり見慣れた、男の身体。もう違和感はない。


 湯気が立ち昇る岩風呂に近付く。お湯は透明だ。サツキは足をゆっくりと中に入れると、かなりねっとりとした湯質だった。だが熱すぎずぬるすぎず、丁度いい。楕円の岩風呂は、サツキがリアムの身体で寝転んでもまだ余裕の広々としたサイズだ。これがただで入れるのは贅沢そのものだろう。


 顔をお湯で濡らす。先程までのもやもやとした考えの結論は、今はまだ出ていない。サツキはいつもこうだ。悩み悩んで、結局何一つ結論が出ないで終わる。


「ちゃんと考えなきゃ……」


 声に出して言ってみる。ただ怠惰に流されるまま生きるのは、リアムにも失礼なことだ。リアムとして生きていくと決めたばかりだというのに、もうこうしてグジグジと悩む。


 多分、疲れているのだ。今まで、こうしてゆっくり一人で考える時間が全くなかった。


 ずっとウルスラを頼っている訳にはいくまい。このダンジョンを攻略したら、ウルスラも解放してあげようか、とふと思いついた。それまでに、生きていく上で必要なことを教わればいい。再びダンジョンに赴くなら、それまでに中級魔法も覚えておいて、それで皆の足を引っ張らない様にして、それで。


 それで、何が残るだろうか。


 天井を仰ぐ。緑の蔦が網状に張られた木枠に絡みつき、ダンジョンの天井までは見えない。


 何か、何かが足りないのだ。サツキが欲している何か。アールに頼んで、男らしさを教わってみようと思った。今のところ全く成功しておらず、ただの気弱なおっさんにしか見えないだろうことは自分でも分かっていた。


 頼りたい? それとも頼られたい? 誰にも頼らず強く逞しい、本物のリアムみたいになりたいのだろうか? でもリアムはその結果、仲間に呼び戻さなくていいと言われてしまっている。じゃあ頼りたいのか? ずっとこのまま、他人がいないと生きていけないまま?


 分からない、分からなかった。


 サツキは分からないことはすぐ横に置いておく癖がある。置いて置いて、埃を被らせて見えなくするのだ。


 でもこの問題は置いておけない。人の身体を奪っておいて、そんなことは許されない。


 サツキははっと思いついた。そうだ、サツキのデフォルトは逃げ体勢。であれば、まずは逃げないことから始めたら、そうしたら何か掴めるかもしれない。


「逃げない……うん!」


 そうと決まれば、早速調理も手伝おう。サツキは岩風呂から出ると、急ぎ身体を洗い始めるのだった。

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