第77話 魔術師リアム、初級編二日目の朝
玄関の扉を激しく叩く音は、この家のものではなかった。
「サツキちゃーん!? 起きてるー!? あーそーぼ!」
リアムは目を見開いた。それは羽田の声だった。サツキの家の扉を叩いているのだ。
「おじさん酔っ払っちゃったあ! お水ちょーだい! へへへへっ」
時計を見る。朝の7時だ。こんな時間まで飲んでいたのか。さすがにどうすべきか咄嗟に方針が浮かばず祐介を見ると、人差し指を口に当て静かに、のポーズをされた。成程、やり過ごすのが得策と判断したらしい。羽田とは祐介の方が遥かに付き合いが長い。ここは祐介の判断に従うべきだろう。
「サツキちゃーん? 寝てるのー? それともいないのー? あ、まさかあ」
叩く音がやんだかと思うと、羽田は今度は祐介の家の扉をガンガン叩き始めた。
「山岸ー! 一緒にいるんだろー!? 開けてくれよ、なあ!」
あまりにも滅茶苦茶だった。背中がヒヤリとした。
「祐介、どうす……」
「静かに」
祐介が言う。だがこれは明らかに異常行動だ。
「サーツキちゃーん!? やっまぎっしくーん!? 二人だけで仲良くやってんじゃねえぞこら!」
ドガン! と扉が蹴られる。あまりにも理解不能なその行動に、リアムの顔に恐怖が浮かんでしまった。この身体に刻まれた恐怖の記憶の所為だろうか。身体が強張った。
「……聞かなくていい」
祐介が小声で言うと、リアムの耳を両方の腕に押し付ける様な形で、頭ごと抱き締めてきた。
リアムは抵抗しようかどうか一瞬迷った後、自分よりも大きな身体に包まれる安心感の方を取った。
目を閉じ、祐介の鼓動に集中する。
リアムは比較的背の高い男だった。魔術師とは理知的で冷静であるべきで、か弱い他者を守るべき強い存在なのだとずっと自分に言い聞かせてきた。だから弱音なんて吐かなかった。甘えることもしなかった。常にパーティーの中の頼れる存在であろうと努力した。
だが、男でも魔術師でもなくなってしまった今、リアムは腕立て伏せを一回も出来ない力の弱い存在へと成り果ててしまった。
そして恐らく、何かが起こらない限りはもうずっとこの身体と付き合っていかねばならないだろうことも、もう理解していた。それが例え望まぬことだとしても、その事実からは逃げられない。
だが。
この腕の中は、心地がいい。
こんな状況だというのに、ここにいれば大丈夫だと思えるこの不思議。
きゅ、と祐介の服の裾を握る。肩肘張って生きてきたが、こうなるとそうとばかりはいかないじゃないか。だったら、いいのではないか?
人に寄りかかってもいいのではないか?
羽田が諦め立ち去っていくまでの暫くの間、リアムはこの世で一番安心出来ると思えた祐介の腕の中で、初めて人に寄りかかることを学んだのだった。
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