第23話 魔術師リアム、苦戦する

 こんな狭い場所にこんな凹凸のない鏡があると、一体誰が想像しようか。


「この日本という国の技術は素晴らしいものがあるな」

「え、まさか鏡を見て言ってるのそれ」

「勿論だ。あの電車という箱にはめられていた硝子にも驚いたが……」

「へ、へえ……そうなんだ」


 ここはどうも風呂場らしい。便器と思われる物、風呂釜と思われる物、これは何だろうか、漏斗の様な小さな台が付いている。


 しかしパーカーが邪魔だ。リアムはパーカーを取ると、後ろにいるであろう祐介に預けた。そして鏡を見る。


「確かに透けているな」


 確か祐介は二十六歳と言っていた。男盛り真っ最中である。リアムは自分が如何に酷な所業をしていたかを痛感した。これでは襲ってくれと言っている様なものだ。それを我慢している祐介の尊さに、脱帽した。


「で、その肌着だが……」


 ひとまず風呂場から出ると、箪笥を漁る。肌着は上段の方に入っていた。黒の肌着があった。芸の凝ったレースの襟元の下は、半ば透けている。勝手に何かをすると先程から注意されるので、今回は尋ねておくことにした。


「祐介、これでもいいか?」

「うわっえっそれはちょっと、もっとしっかりとした素材のはないの?」

「袖が長いものならあるようだが……」


 あとは似たりよったりだ。


「僕のを持ってくるから! 待ってて!」

「分かった」


 真っ赤になった祐介が急ぎサツキの家を出ると、隣の家でガタンバタンと音がし始めた。何という壁の薄さだ。これだけの技術がありながら、壁への配慮が足りなさ過ぎる。

 

 ドタドタと再び足音がすると、祐介が戻ってきた。分厚い生地の袖なしの服を手に持っている。目を逸しながら、リアムに手渡した。


「とりあえず着て下さい」

「分かった。後ろを向いていろ」

「勿論です」


 何故か敬語になった祐介が後ろを向いたのを確認した後、リアムはTシャツを脱ぐ。


「くっ」

「……どうしたの」


 恐る恐るといったていで祐介が声を掛けてきた。リアムは今、猛烈に困惑していた。


「胸が、胸が引っかかって取れん……!」

「……もう、勘弁して……」


 祐介が背中を向けたまま、座り込んだ。今のこの状況では、祐介に助けは望めない。何とか自分で対処するしか方法はない。考えろ、考えるんだリアム。


 そして、はっと気が付いた。サツキとて、この胸には苦労していた筈だ。だが、このサイズの服を着用していたということは別の脱ぎ方があるに違いない。


 リアムは試しに先に腕を服から抜いてみた。


「おお! 腕が抜けた! これならいけるぞ!」

「お願い、中継いらないし」

「中継?」

「何でもないです」


 腕さえ抜いてしまえばこちらのものだった。首から服を取り、祐介から借りた肌着を着用し、もう一度Tシャツを着る。確認の為上から触ってみたが、これなら問題ないだろう。


「祐介、いいぞ」


 仁王立ちしてリアムが言うと、ようやく祐介が振り返った。

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