第19話 魔術師リアム、頑張る

 壁に手を付くと、何かに触れぱちっと音がし、部屋の内部を明かりが照らした。まるで昼の様だ。


 リアムは触れていた突起をもう一度押すと、今度は明かりが消えた。成程、理解した。再度明かりを付けると、改めて床に散らばった物を眺めた。


 殆どは服だった。後は大きなシャカシャカの白い袋に入ったゴミと思われる物。仕事に追われ、片付けすら覚束なかったのだろう。憐れだった。


 足元を見ると、靴が数足並んでいる。この家は土足は禁止の様だ。今すぐこの修行靴を脱ぎたかったリアムとしては有り難かった。靴を脱ぎ、木の板と思われる床に足を付けると、ジン、と浮いた様な可笑しな感覚を覚えた。血の巡りが悪くなっているに違いない。


「……さて」


 先程、楽な格好に着替えたら祐介がこの家に来ると言っていた。だが、明らかにこの家の状態は客人を招いていい部類のものではない。身体に付くと暫く取れないと有名なゴルガーラ蜥蜴とかげの唾液を、訪れた客人に敢えて擦り付ける様な行為に等しい。


 杖がないとあまり魔法はうまく使えない。だが、この程度なら何とかなるだろう。


 リアムは人差し指をピンと立てて杖に見立てると、呪文を唱えた。


「リバーシ・クロッセ!」


 指先がほんのり光ると、床に散らばっていた服が宙に浮き、元にあった場所へと畳まれつつ戻って行く。よし、この世界でも魔法は使えるらしい。リアムは満足してにやりと笑った。


 すると。


 浮いていた服が、仕舞われていた場所に辿り着く前に床に落下した。


「どうしたことだ……? まさか、サツキの魔力が足りないのか!」


 こんな初級の魔術ですら完遂出来ないとは。リアムは愕然とした。しかしこのままめげていても仕方がない。リアムは再度呪文を唱え、累計五回唱えることで床に散らばった服を片付けることが出来た。


 服を片付けると、後は大してなかった。ゴミ袋が数個廊下に並べられており、廊下の奥にはこじんまりとした部屋が一つのみ。黒い硝子が嵌め込まれた四角い箱と、布団が丸められたベッド。小さな低いテーブルと本棚があるのみだった。


「さて」


 次は着替えだ。早くこの窮屈な足を覆う網状の物から解放されたかった。先程魔法で服を片付けたお陰で、どこに何があるかは把握した。


 リアムは、小さく呟いた。


「すまぬサツキ。決して他意はない」


 本人に聞こえておらずとも、これは礼儀だ。そして覚悟を決め、一気に服を脱いだ。上は難なく脱げた。大きな胸を覆う布がまた苦しいので取りたいが、何処から取ればいいのかが分からない。


 それは一旦横に置き、次にスカートを脱ぎ、その次に例の網状の物を脱いだ。


「ふう」


 脱ぎ方が分からなかった胸の物は下に向かって脱いだ。白い肌が見えたが、気になるよりもその解放感に心が満たされた。


 箪笥から服を取り出す。気候は穏やか。短い物でいいだろう。


 何となくあった物を合わせて疲れ切った足を伸ばしていると、玄関の扉をノックする音がした。


「サツキちゃん? いい?」

「祐介か。いいぞ」


 ガチャ、と音を立てて扉が開き、ラフな格好をした祐介が入ってきた。


 次いで、リアムの胸を見て真っ赤になった。

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