第20話 巡回するNPC(ククル視点)
編集長とミーテスが話してくれたのは、グラーノの町にある生産ギルドで受けられるクラフター系生産職のチェーンクエストについてのものだった。
『残念だが、私が把握している編集者のなかで生産職に未だ就いていない者がククル以外にいない。悪いが、チェーンクエストの検証を頼めないか?』
チェーンクエストの説明をひととおり終えたところで、編集長が俺に頭を下げて頼んできた。編集長の口調が優しかったのはこれが理由だったのだろう。
アルステラウィキの収益から分配される原稿料は、ページ別の収益……つまり、編集したページのアクセス数に応じて上下する。ウィキページ利用者が閲覧する回数が多ければ多いほど、俺の収益も増えるというわけだ。
『ええ、もちろんいいですよ』
断る理由などなく、むしろ歓迎するように返事をした。
『それはありがたい。さすがに私がキャラをリビルドするわけにはいかんからな』
『私もです』
編集長と呼ばれているものの、実際は社長みたいなものだ。トートが簡単にキャラクターを作りなおすなんてことはできないのはよく理解できる。ミーテスも同じで、編集長の補佐であり、編集者の取りまとめをしてくれているプレイヤーだ。まあ、秘書みたいなものだ。編集長と行動を共にすることも多くて、彼女もキャラのリビルドなど簡単にはできないのは理解できる。
でも、交換条件といってはなんだけど、俺からすると高レベルな2人にレベル上げを手伝ってほしいところだ。何も考えずに村の外にある草原でMOBを叩いていても時間がかかりすぎる。2人も早くグラーノの町に移動して検証を進めて欲しいと思っているはずだ。
『その代わり、レベル上げを手伝ってもらうことってできます?』
『ああ、それなんだが……』
編集長は気まずそうに指先で頬を掻きながら視線を逸らした。
何か他に急ぐ検証などがあるのなら仕方がない。
『クラフター系生産職に就いたあとでもチェーンクエストを受けられるのではないかと考えている。既にセシャトとムーサに依頼しているが、我々もその検証に参加したいと思っているんだ』
『なるほど……』
既に多くのプレイヤーがクラフター系生産職に就いているので、チェーンクエストを始めるきっかけが見つかれば、そのコンテンツの閲覧数は爆上がりするだろう。既にセシャトとムーサがチェーンクエストを受ける方法を探しているにしても、違う角度から探すのも重要だ。
たぶん、セシャトとムーサ以外の編集者にも検証に参加するよう、依頼するだろう。
『また、プレイヤーのレベル差が10以上ある場合、パーティを組んでもレベルの高いプレイヤーだけに経験値が分配される仕様になっていることがわかっています』
『それじゃあ、最低でも俺はレベル5くらいまでにはしないといけない……ということですか?』
『そのとおりですね。でも、サブクエストを受けていればそれくらいはすぐですよ』
メインクエストを発生させるためには、ナツィオ村のサブクエストをすべて終わらせる必要があるというのは、ランキング1位のアオイがとある配信プレイヤーの配信の中で話していたことで、アルステラウィキ編集者の中で検証済だ。
俺がグラーノの町に進むためには、メインクエストのクリアは必須だから、嫌でも村のサブクエストを終えないといけない。
そのとき、編集長が何かを思いついたように『そうだ!』と声をあげた。
『既にクエストの一覧はウィキで公開済だ。だが、キャラビルドからクエストだけでどこまでレベルが上がるかは判明していない。それも合わせて調べて欲しい』
『いいですよ』
MOB討伐やクエストで入手できる経験値については、事前に機械精霊に入手した経験値を伝えるように言っておく必要がある。
ウィキ編集者の皆も当初はそれを知らずにプレイを始めているので、細かな部分で情報が欠落しているため、編集長はこんな依頼を出したのだろう。俺が編集するコンテンツがそれだけ増えれば、実収入も増えるわけだから断る理由もない。
『あと、レベル上げを手伝う件だが……バトルウルフ戦以降は手伝ってもいいが、それ以外は遠慮しておく』
『理由をうかがっても?』
『簡単なことだ。フレンドを増やすためだよ』
『ああ、今はフレンドリストが空ですからね』
先ほど、編集長とミーテスを登録したので2名になっているが、キャラクターを一度削除して作り直したからフレンドリストがリセットされている。
『そうではない。アルステラはパーティを組まないとレベル上げが厳しい。だからひとつの区切りとして、バトルウルフ戦まではパーティを組むことになる』
頷きながら話を聞く。
パーティを組んでバトルウルフを討伐できるには最低レベル9まで上げる必要がある。そのためには草原のMOBを300体ほど倒す必要があるわけで、効率を求めると4人パーティで短時間にサクサクと倒して回れる方がいい。
『しかし、そのパーティも固定ではない。どうしても、入れ替わりが発生するし、気が合わないメンバーだと抜けてしまうこともある。だが、そういうプレイヤーと繋がっておけば、彼らから情報を得られることも多くなる』
編集長が言うとおり、情報源としてのフレンドはとても重要だ。パーティを組んだメンバーをフレンド登録することも多く、フレンド申請をしても相手が承諾してくれることが多い。
『でも、バトルウルフ以降というのはどうしてです?』
ミーテスが腑に落ちないといった顔をして編集長に聞いた。
『私やミーテスの適正レベルと言えるMOBがいるからだ』
『ああ、確かに……』
適正レベル以下のMOBを狩っても、経験値は美味しくない。
俺のレベル上げを手伝うついでに、自分たちもレベルを上げようというのなら、グラーノ農業地帯に入ってからというのは理解できる。
『わかりました。それで問題ありません』
『バトルウルフ戦に入るときに、そのときのパーティメンバーで挑むか、それとも私たちの支援を受けるか……決めてもらえばいい』
『そうですね、そうしましょう』
このあと、編集長とミーテスを相手に少し雑談をし、「説教部屋」から退出した。
結局、このパーティルームの名前はなんだったのかと頭を捻りながら、最初のクエストが受けられる門番のパウルがいるところへと向かった。
既にナツィオ村で受けるべきクエストの情報はアルステラウィキで公開されているので、始めたばかりのプレイヤーがパウルを取り囲んでいるのが見える。
人が多いなあ……と、考えて眺めていると明らかにプレイヤーでは作成できない、幼い容姿をした女の子が中に人垣の中に入っていった。
NPCが巡回しているのか?
キャラのリビルドをする前、全てのサブクエストを受けた。その中には町の地図に居住者を書き込むクエスト、手紙を届けるクエストも含まれている。おかげで、町の中をくまなく歩いているが、基本的にNPCはいつも同じ場所にいる。こうして、NPCが巡回するという現象をみたのは初めてだ。
これは何か隠された要素があるのかも知れない。
直感的に感じた俺は、女の子が出てくるのを待って、あとをつけることにした。
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