第19話 ククルの受難(ククル視点)

 アルステラにログインし、ナツィオ村の入口にスポーンした。

 実は俺にとって、この場所へのスポーンは2回目だ。つい30分ほど前までは、ヒト族の姿をしていたが、今はハーフリング族になっている。

 現在ランキング1位に輝くアオイという女性プレイヤーがハーフリング族だからだ。とはいえ、アオイがランキング1位だから、自分もハーフリングをやろうと思ったわけではない。

 アオイはサービス開始後からソロでプレイしているにも関わらず、誰よりも早いスピードでレベルアップを重ねていたし、ナツィオからグラーノに繋がる静寂の森で発生したメインクエストを最初に発見し、クリアしたプレイヤーだ。また、噂の域を超えないが、グラーノ農業地帯やグラーノの北湖ダンジョン第3層をホバーボードで疾走していたという話もある。とにかく最前線を独走している。

 その秘密がこのハーフリングという種族に関係するに違いない――そう思ってキャラクターを再作成したわけなのだが……。


「ハーフリング、多すぎねえ?」


 視界を埋め尽くすプレイヤーを見る限り、半分くらいはハーフリングのプレイヤーだ。しかも動画で見たアオイと同じ髪色、髪型で作っているプレイヤーまでいる。もちろん、今までどおり人族や獣人族、エルフ族などもいるけど、ハーフリングは3割くらいいるんじゃないかな。

 ただ、残念なのはアオイと同じようにビギナーシャツと、ビギナーキュロット、ビギナーブーツのセット装備を持っている者がいないところだ。かくいう俺もチュートリアル応用編はクリアできておらず、キュロットは持っていない。もちろん、俺もハーフリングの姿でチュートリアル応用編に何度か挑戦したが、コースをすべて覚えない限りクリアするのは難しい。誰かがコースを調べ上げ、情報提供してくれるまで待つのが正解だ。若しくは、他のアルステラウィキ編集者がやればいい。

 それよりも俺が今、興味を持っているのはハーフリングという種族の可能性だ。

 現在、ランキング1位のアオイというハーフリングがランキング街道を独走している。しかも、戦闘職だけでなくて、各ギャザラー系の職業、鍛冶師や魔道具師でもレベルランキングで1位に輝いている。恐らく、そのレベルの上がり方の速さは、何か理由があるはずだ。それが何なのか……それを暴くのが俺の目標だ。


 最初にスポーンする場所で、声に出すこともなく気合を入れていると、機械精霊が言った。


《トート・シュライバー、ミーテス・シュライバーからフレンド申請がありました。受諾しますか?》


 機械精霊が放った言葉に一瞬、思考が停止した。

 そういえば、キャラクターの再ビルドをすることを言わずにログアウトし、そのまま再ビルドをしてしまったんだった。キャラ名は削除前と同じでククル・シュライバーにしているのでそれで検索をかけたのだろうか。

 キャラクターを再作成したことで、他の編集者メンバーから二日分ほど遅れが生じてしまう。それを素早く埋めるには、自分よりもレベルの高いプレイヤーに引き上げてもらうのが一番だ。編集長とミーテスのふたりが俺についてくれれば百人力だろう。

 それにしても、よく俺がログインしたことに気がついたもんだ。


《トート・シュライバーよりパーティルーム『説教部屋』に招待されました。パーティに参加しますか?》


 パーティルームの名前を見て、背筋が凍りつきそうになった。

 目的の説明だとか、編集長の許可だとか、具体的な指示を受けることのない、本当に自己責任でのキャラ再作成をしてしまったので、お怒りを買ってそうな部屋名は怖くて仕方がない。


(は、はい……)

《トート・シュライバーのチャットルーム『説教部屋』に参加しました》


 ほんの僅かの時間、時間の流れが止まったかのように感じた。編集長とミーテスのふたりから責められるなんて、ご褒美でしかないが、本当にパーティに入ってよかったのだろうかと心配になる。


『ククル、キャラを作りなおしたんだね』

『すみません、編集長……』

『なんで謝るんだい?』

『だって、何も言わずにキャラクターを削除したから……』


 他にも、こうして自分を探してもらってパーティやフレンド登録させてしまったこと。編集長たちにとっては無駄な時間を使わせた気がする。

 特にフレンドリストから突然名前が消えるというのは、驚きもするし、相手によっては悲しくなることもある。


『アルステラをプレイするために買ったライセンス、月額の利用料、他にも経費はすべて君自身が支払っているんだから、どうしようと君の自由だよ』


 編集長が言った。

 確かに、ウィキの収益は代表者である編集長が契約した窓口に広告サービスやアフィリエイトなどの手数料が振り込まれる。そこからウィキサーバの利用料などの経費を差し引き、各編集者へは作成した記事の内容や量、アクセス数などに基づいて原稿料というかたちで還元される。

 俺たちはその給料から月額の利用料を含む費用を自分の経費として使っているわけだ。編集者をやめれば、一定の期間は原稿料が支払われるが、それ以降は一切のお金が支払われなくなる。

 ビジネスとしてのつきあいと割り切ればそれでいいが、他のゲームも含め、ウィキを運営しているとメンバーとの絆のようなものが生まれる。だから――


 編集長が言うのはあくまでも建前だ。

 少なくとも俺は他のメンバーと一緒に楽しくプレイしたい。


 考えている間に、編集長は話を続ける。


『とはいえ、キャラを作りなおしたときに連絡が取れなくなってしまう。そういうときのためにメンバー間でIDなどは共有しておくほうがいいと気がついた』

『では、今はどうやって連絡してきたんです?』

『後ろを見てください』


 ミーテスに言われて背後を振り返る。

 そこには、自分よりもはるかに大きな女性エルフが腕を組んで立っていた。


『わざわざナツィオまで来てくれたんですか?』

『他に方法がありませんから』


 ミーテスが返事をした。編集長はただ頷いている。


『突然、キャラを作り直すとか、かなり精神的に堪えるんじゃないか?』


 冷たい口調でいつも淡々と話をするトート編集長だけど、今日はどこか優しい気がする。これは何か裏がありそうだ。


『はい、イベントも控えていることですし、速やかにレベルを上げたいと思っています』


 5月7日から5月15日までの約1週間にわたり、1億人突破記念イベントが予定されている。レベルや種族、職業などは関係なしに遊べるようになっているはずだ。それでも、レベルが高いほうが有利なイベントがあるかも知れない。それに、これから先もウィキ編集者のメンバーでパーティを組んで攻略することもあるだろう。レベル差が開いていれば、それもできなくなってしまう。

 イベントでパーティを組むにしても編集者の皆と一緒がいい。


『あまり無理しないように』

『ありがとうございます』


 そんなに畏まる必要がある相手ではないけど、二人を見上げるようにしているとつい言葉遣いが丁寧になってしまう。


『そろそろ本題に入ってもいいかしら?』


 少し前かがみになることで、俺の目のまえでエルフの白く大きな胸元が協調される。

 ゴクリと唾を飲みこんで問いかけに対して頷いた。




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