第17話 第7ステージ(ラルフ視点)

 アルステラのチュートリアル応用編、おそらく最後にあたる第7ステージ。10mほどもある垂直の壁が溝を切ったように抉られていて、その頂上に▼が点滅している。

 頂上からロープが垂れ下がっているわけでもないし、どこかに手摺りがあるわけじゃない。


 ただ壁を蹴り、上まで登ってこい。


 頂上で点滅する▼が言ってるようだ。


 登り切れなくて落ちてしまうと、HPが削られる。何度も落ちてHPがゼロになってしまうと、チュートリアル応用編は振出しに戻ってしまう。

 第7ステージを12回――落下のせいでHPが全損したため、3回ほど振出しからやり直したが、どうしても登り切ることはできなかった。


「いったん中断して、パルクールの動画で勉強しよう。機械精霊、ログアウトをお願い」


 チュートリアル応用編は、パルクールと似ている。


 現実世界のパルクールは本当に走りながらビルとビルの間を飛び越えたり、壁を蹴って隣の建物に移ったりする。当然、走りながらだから心拍数や血圧が上昇し、どうしても動ける時間に制限が生まれる。その制限の有無がアルステラのチュートリアル応用編との違いだ。パルクールを少しでも学べば、第7ステージはクリアできるだろう。


 機械精霊は何も言わずにログアウト処理に入り、画面が暗転する。しばらくすると、XRD越しに自分の部屋が見えた。


「またやっちゃったか……」


 右足の義足が床下に落ちていた。

 右手以外は外した状態でアルステラをプレイしているというのに、知らぬ間にベッドの上で激しく動いていたんだと思う。まあ、パルクールのような激しい動きをしているのだからしかたがないよな。


《メッセージが152件届いています。内容確認しますか?》

「後で!」


 バイタルアラートでログアウトしたときよりもメッセージの件数が増えている。あとで整理するのが面倒だけど、今はまだ気持ちがチュートリアル応用編に向いているので、そのまま放置することにした。


「パルクールの基礎動画を検索して」

《パルクールの基礎動画をキーワードに検索しました。23958件がヒットしました》


 XRDがARを用いて視界に検索結果を表示する。

 過去何十年分の動画から検索してくるのだから、単純なキーワードだけだとどうしても検索結果は多くなる。


「壁蹴り、をキーワードで絞りこんで」

《壁蹴り、をキーワードに絞りこみました。12834件がヒットしました。更に絞り込むには、初心者向け、中級者向け、上級者向け、やってみた、などのキーワードが使用できます》

「初心者向け、解説、の2つで絞りこんで」

《685件がヒットしました》


 視界の中央にAR機能を用いてウィンドウが表示される。そこには、検索条件を満たした動画のうち、再生回数が多いものから順に並べられていた。

 ボクは上から順にタイトルを見て、どの動画を視聴するか考える。


「3番目、〝基礎から学ぶパルクールその1 壁蹴りの基礎〟を再生して」

《〝基礎から学ぶパルクールその1 壁蹴りの基礎〟を再生します》


 PUTに指示すると、動画再生用のアプリが開き、広告が始まる。ボクがゲームばかりするからか、今回再生された広告はアルステラの広告だった。


 動画を見ながら右手の義手を動かして、左手の義手を装着。その後、上体を起こして左脚を装着すると、最後にベッドに腰かける。落ちた右の義足を拾って装着する。


 動画はパルクールの元世界チャンピオンが、パルクールという競技を更にメジャーなものにすべく考えたもので、初心者向けに可能な限りシンプルにまとめられたものだった。


 その後、パルクールの他の動画で、壁と壁の間を登る動画を探して見た。

 2階くらいの高さまで飛んで登る動画だけど、参考になった。義足と義手は日常生活を補助するのが目的なので、パルクールの選手たちを真似ることもできない。


 でも、VRの中ならできるかも知れない。


 ボクはすぐにベッドに戻り、再びアルステラのチュートリアルに戻った。


 第7ステージまでの道のりは何度も挑戦しただけはあって、仮想の体だとはいえ慣れてしまっていて、ミスすることなく進められる。

 問題は、第7ステージの10m近くあるだろう直角の壁だ。


 壁に左足の爪先をつけて、壁を蹴って真上に高く跳びあがる。左足の位置、高さを変えながら何度も繰り返し蹴ってみる。最も蹴った力が伝わる高さと壁までの距離、爪先の角度を知るためだ。蹴ると同時に両腕を高く振り上げ、全身を使うことを忘れない。


「これくらいかな……」


 ドワーフの小さな体だけど、股よりも少し下のあたりで爪先を壁につけるのが最も力が伝わる気がした。ただ、膝を曲げた状態で、その高さにまで上げるのだから、壁までの距離はかなり近い。


 助走をつけて、右足で地面を蹴って飛び上がってみる。

 ゲーム内のキャラクターだからか、簡単に1ⅿ近い高さまで飛び上がってしまう。しかし、壁に向かって伸びた左足の膝をクッションにし、先ほど感覚的に覚えた角度になったところで壁を蹴る。

 更に1ⅿていど、合計2ⅿくらいの高さまで体が上がった。


 やはり、動画を見る前とは全然違って、1回の蹴りで飛べる高さが大きく変わった。


 2ⅿという高さだけど、ドワーフという種族は小さいので体重が軽いせいか、着地してもダメージはない。ただ、ここから先はそうもいかない。


 向かって右側の壁に正対し、短い助走をつけて右足で地面を蹴る。左足を壁につけ、勢いを膝で吸収したら左足で壁を蹴る。体を180度捻りながら背後に向かって両腕を伸ばし、左側の壁の角を左手で掴むと、右足を壁につけて蹴り、同時に右手を伸ばす。伸ばした右手で右側の壁の角を掴み、左足で壁を蹴る。


 がむしゃらにそれを繰りかえし、右、左、右、左と壁を登る。

 単純に地面と壁を蹴るだけで2ⅿも高さを稼げたのは1歩目だからで、壁を蹴るときは助走もないので高く飛び上がれない。それに、疲れたわけじゃないが、何度も壁の間を行き来していると勢いが落ちてくる。


 手を伸ばせば頂上まであと30㎝というところで届かず、思いをのせて再度反対側の壁を右足で蹴る。既に、1回の蹴りで飛べる高さは20㎝ほどにまで下がっていた。


 だが、ボクはあきらめない。

 この第7ステージをクリアすればチュートリアル応用編のゴールだから。


 その気持ちで奮い立たせ、最後の一歩を蹴り出した。

 ほぼ垂直に左足が吸いこまれるように左の壁を踏む。その左足を力いっぱい踏み込み、壁を蹴って左手を真っ直ぐに伸ばした。


 頂上の岩に、左手の指先が引っ掛かる。

 ボクは少し強引だけど、その指先に力をこめて体を引き上げた。同様に右手の指先を頂上に掛け、両腕の力を振り絞って上体を頂上の上にまで運びあげる。最後に、両足を引き上げるようにすると、ボクは城壁のうえで大の字になった。


「やった、ようやくできたっ!」


 機械精霊は特に声を出さないし、他に誰かがいるわけでもない。


 ボクは不審に思って、▼が点滅している場所へと視線を向けた。

 そこには「俺を押さないと、クリアとして認めないぜ」と言った感じで点滅する丸いボタンが設置された台があった。


 ボクは立ち上がり、ボタンのある台にあるスイッチを押す。


《チュートリアル応用編に完了しました。受講報酬はゲーム内のメッセージに添付してお送りします》


 アオイに冒険者のピアスのことを聞いてから6時間。途中で抜けたりしたけど、最後まで頑張って本当によかった……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る