4章番外編 凛怜と紅葉と特務隊(前編)



これは凛怜が愛凛を追いかけたあとのお話。


瑠衣side


凛怜が愛凛を追いかけてから、僕は改めて目の前の特務隊2人に問いかけた。


瑠衣「凛怜と紅葉姉さんは特務隊に所属してたんだよね?当初の凛怜達はどんな感じだったの?」


この質問に、ラミさんが考え込みながら、口を開く


ラミ「んー、別に話してもいいかな。」

杏華「いいんじゃない?別に減るわけでもないし。」

ラミ「そうだね。あれは、14年前の事だよ。レギンス総督を始めとした、特務隊が発足されて、随分経った時さ。」


回想


ラミside


14年前CNL特務隊員待機室


私達ゼロ隊が、そこで任務が言い渡されるまで、待機していた時だ。


レギ「やぁ、3人とも調子はどうだい?」

ラミ「隊長、相変わらずだよ。可もなく不可もなくだね。」

杏華「もっとでかい仕事ないの?」

グラ「コラ2人とも、隊長の前だぞ。」


特務隊と言っても、そうそう緊急時な事が起きる訳じゃない。

その時は本当に平和で平たく言えば暇だった。


レギ「いや、大丈夫だよ、楽にしてくれ。今日は新しい仲間になる子達を連れてきた。と言っても、協力者だがね。」


そう言われた時、みんなの反応は、興味無さそうな子、誰だろうと期待する子など様々だった。


レギ「さぁ、入っておいで2人とも。」

凛怜「…。」

紅葉「…。」


そして入った子達はとても無愛想で、何も映していないような目をしていた、儚げという言葉が似合う綺麗な銀髪の女の子と、その女の子しか頼れる者がいないと言わんばかりに引っ付いて離れない紅髪の可愛い女の子だった。


レギ「…この子達は、黒葉 凛怜君とその妹の黒葉 紅葉ちゃんだ。 」

グラ「…あの、くんって事は、その銀髪の子は、男の子…なんですか?」

レギ「ん?あー、そうだね。この容姿で騙されやすいが、凛怜くんは、立派な男の子だよ。」


「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。」」」


第一印象は、綺麗な子と可愛い子だった2人だけど、男の子だよって言われて驚いたね、本当にあれは詐欺だよ。


落ち着いた所でレギンス総督が、口を開く。


レギ「さ、落ち着いたところで、凛怜君と紅葉ちゃんは軽い自己紹介をしてくれ。」


凛怜「…くろば りら。」

紅葉「…くろば くれは。」


この時の凛怜と紅葉は本当に無愛想で、必要最低限しか話さなかったなぁ。


ラミ「…それだけ?」

こう言った私は悪くないと思う。


レギ「…もっと何か言った方がいいんじゃない?」

と、レギンス総督も助け舟を出すが。


凛怜「…別に。」

紅葉「…いらない。」


それでも喋らない2人に嫌気が指したのか。


グラ「なんだコイツら…?」

杏華「随分生意気ね、あなた達強いの?」


血の気が多い2人が苦言を呈す。


レギ「この子達は強いよ。下手したら君たちの誰よりも強い。特に凛怜くんは別次元と言っていい。」

レギンス総督が言った事に、戦闘狂2人の闘争心が剥き出しになる。

え?私はどうなのかって?この女の子2人がそんなに強いなんて信じられなかったからね。

懐疑的ではあったよ。


杏華「そこまで言うなら、勝負しなさい!」


挑戦的な杏華に対して、凛怜は。


凛怜「やだ。」


間髪入れずに、そう応える。


グラ「隊長、こいつらは、本当に強いのでしょうか?全く、そうは見えません。」


そう言っていたグラレスの目は戦って、確かめたいと言わんばかりにギラギラしていた。

そんなグラレスにレギンス総督は頭を抱えながら。


レギ「凛怜君、どうか相手をしてあげてくれないかい?」

凛怜「…やだ。」

グラ「…お前、いい加減に!」

レギ「まあまあ、落ち着いて。凛怜君、これは命令だ。グラレス君と模擬戦をしてもらう。もちろん殺しはなしだ。いいね?」

凛怜「…分かった。」クソジジイ(ボソッ)


凛怜は渋々と言った感じに返事をしていたね。

あのくそじじいもみんな聞こえてたんだよね。変な子だなって思ったよ。


え?グラレスのキャラが違うって?

本人曰く、若気の至りだそうだよ。



…まぁ、ともかく凛怜とグラレスが戦うことになった。


グラ「覚悟しろ!」グッ

凛怜「…。」チャキッ


グラレスは拳を構えて、凛怜は持っていた刀を逆刃刀にして構えた。

凛怜の隙のない構えを見ただけで、相当な手練れだと断言するくらいには洗練されていた。


グラ「はぁぁぁぁぁぁ!」ダッダッダッ


グラレスは凛怜に向かって叫びながら突っ込んでいく。

凛怜「…。」

グラ「はぁぁぁ、1発で終わりだァァァ!」

グラレスはそう言いながら、右拳を凛怜に繰り出す。

その拳は素早くそして重い威力を持っており、普通の大人では耐えきれず、気絶するレベルだろう。


凛怜「…。」キーン

しかし、凛怜は冷静に受け止める。


グラ「?!」


それにグラレスは驚くが。


グラ「まだまだ!」ヒュッ

今度は右と遜色ない威力のパンチを左の拳で繰り出す。

凛怜「…。」キーン

グラ「受け止めるだけか!やはり、大したことないな!」ヒュッヒュッ


そこから、グラレスの独壇場と言わんばかりに、拳を素早く打ち込み、蹴りを繰り出し、凛怜を、押していく。

傍から見れば、防戦一方で、凛怜が一方的にやられているようにしか見えないが。


凛怜「…。」

凛怜の表情は何も変わっていない。


グラ「…なぜ攻撃してこない?」ハァハァ

凛怜「…。」チャキッ

グラレスの問いかけに凛怜は、答えない。


グラ「…お前のようなやつはムカつくんだよ!もう終わらせてやる!」ハァァァァァァァ


グラレスは今まで以上の気迫とスピードで凛怜に詰め寄り、パンチを繰り出す。


杏華「…あいつ、死んだんじゃない?」


杏華にそう言わせるほどの気迫だった。

私も当時はそう思っていた。


だけど…。


凛怜「…。」カッ

凛怜の目が見開き、気づいたら。


凛怜「…。」チャキッ

グラ「くっ…。」

レギ「そこまで!」


仰向けに倒れているグラレスとそこに目もくれず、刀を納めている凛怜がいた。

勝負が決まっていたのだ。


杏華「え…?何が…おきた…の?」

ラミ「私にも…見えなかった。」


凄まじい速さで、放たれたであろう斬撃を私はおろか杏華にも捉えられなかった。

私たちが呆然としていると。


紅葉「切っただけ。」


紅葉ちゃんがそう一言告げた。


ラミ「私たちが目で追えないレベルなんて、異常だよ。」

当時の私たちでも、実力に関してはそこそこ自信はあった。

けれど、あの斬撃は当時の自信を粉々に打ち砕くには十分な一撃だったのだと思う。


グラレスも当時の模擬戦について。


グラレス「何かをやろうとしても2手3手読めるかの如く先回りされて全てを見透かされてる気分だったよ。正直、絶対に敵にまわっちゃいけないって思ったね。特に最後なんて本当に自分でも何されたか分からないんだ。」


と、言っているし、凛怜って何者なんだろうね。

あれだけ強いのは、凛怜の能力のおかげもあるんだろうけど、戦闘センスがずば抜けていたと思う。


…話が逸れたね。話を戻そうか。

それで、凛怜は仰向けになっているグラレスに向かって。


凛怜「お前、弱い、死ぬだけ。」


無表情で、残酷な言葉を直球で発した。

グラ「…うるさい、まだ負けてねえ!」

凛怜「??もう動けないのに負けてない?」

グラ「俺は諦めてねえ、だからまだ負けてねえ!」

凛怜「…よく分からない。」

グラ「うるせえ!お前が気に入らない!」

凛怜「…そう。」


グラレスは悔しさからそう吐き捨てるが、凛怜の反応は薄いというか、訳が分からないといった表情を浮かべている。

どうやら紅葉ちゃんも同じようだ。


レギ「そこまでと言ったはずだよ、グラレス君は医務室へ。凛怜君と紅葉ちゃんは後で来るように。」


グラ「分かり…ました。」

凛怜「…。」

紅葉「…。」


ようやく一段落かなと思ったら。


グラ「っ?!お前、おろせ!」

凛怜「…うるさい。」

紅葉「…凛怜?」ムッ


なんと、凛怜がグラレスをお姫様だっこをしていたんだ。

これには当時の紅葉ちゃんも微々ながら驚いてたなぁ。


凛怜「…医務室どこ?」


あの時、初めて私と凛怜の目が合った。


ラミ「え?えーっと、ここから出たら右手にある階段降りて左に行ったところだよ。」

凛怜「…そう、紅葉。」

紅葉「うん。」ムスッテクテク


紅葉ちゃんの名前を呼ぶと、そのまま歩いていく。


凛怜「あ…。」

と、振り返り。

ラミ「え?」

凛怜「ありがと。」ペコッ

紅葉「…。」ペコッ

2人にお礼とお辞儀をされた。

そしてそのまま振り返らず歩いていったのだった…。


ラミ「案外いい子たちなのかな…?」

杏華「…私は気に入らないわ。」


1日後


グラ「おい、りら、俺と勝負しろ。」


ラミ「また?もう諦めなよ。」

凛怜「いやだ。」

ラミ「ほら〜。」

グラ「うるさい、ラミ。なら、くれは、俺と勝負しろ。」

紅葉「いや、よわいから。」

グラ「弱くねえ!お前よりは強い!」

紅葉「わたしの方が強い。」


なんだか、駄々っ子の様に、なった…気がする?紅葉ちゃんも心なしか、張り合ってるように見える。

凛怜「…くれはに勝てたら、やる。」

ラミ「…え?」


紅葉ちゃんの実力を知らない私からしたら、とても驚くべき、条件だ。

紅葉「のぞむところ。」


それに、紅葉ちゃんも乗り気なのだから、さらに驚く。

グラ「絶対だからな?!」


そして、グラレスと紅葉ちゃんの勝負は…。


ラミ「すごい…。」


紅葉「…直線的すぎ。」

グラ「く…そ…。」


紅葉ちゃんの圧勝だった。


グラ「ま…だ…まだ!」


それでもグラレスは負けてないと言わんばかりに、震える足を押さえながら立ち上がろうとする。

紅葉「やめたほうがいい、しぬよ。」

グラ「うるせえ!これで引くくらいなら死んだ方がマシだ!」


その慟哭とも呼べる叫びが空間を支配するように響き渡った。


凛怜「お前、だから弱い。」

グラ「な…に?」

凛怜「自分の実力、分かってない、死ぬだけ。」

グラ「そんなのとっくに覚悟は出来てる!」

凛怜「それじゃだめ、周り死なせるだけ。」

グラ「っ?!」


凛怜の口からそんな言葉が出るとは、まだ会ってそんなに経っていないが、それを言うタイプには見えなかったから、意外だった。


凛怜「死にたいなら勝手に死ね。」ギロッ


そう言った、凛怜から溢れ出た物に一瞬殺されたような錯覚を見せられるほどの濃密な殺気が辺りに充満した。

紅葉「りら、でてる。」

凛怜「ん、ごめん。」


ラミ「くっ、はぁ…はぁ…。」ダラダラ


凛怜の言葉と共に殺気が霧散する、それによって私は呼吸を忘れていたことに気付き、必死に酸素を身体に取り込むように息が荒くなる。

自分の額が汗いっぱいになる程の殺気は初めての経験だった。


グラ「なん…だよ、お前。お前なんなんだよ!」

凛怜「今のお前に言うこと、もうない。」ドコッ

グラ「うっ…。」バタッ


グラレスは凛怜に腹を殴られ気絶した。


凛怜「…。」ヒョイ

紅葉「りら、またはこぶ?」

凛怜「うん、ほっといたらじじいがおこる。」

紅葉 「」ムゥ


どうやら、紅葉ちゃんは、凛怜がグラレスを運ぶことを容認出来ないようだ。


ラミ「わ、私が運ぼうか?」

凛怜「いや、いい。」

ラミ「そっか…ねえ、凛怜君?」

凛怜「…なに?」

ラミ「なんで、あんなこと言ったんだい?」

凛怜「??」

ラミ「彼の覚悟は周りを死なせるだけって、どうしてそう思ったんだい?」


そう私が質問すると、しばらく黙り込み、凛怜は口を開いた。

凛怜「…自分のためだけの強さだから。」


自分の為だけの強さ?それの何が悪いんだろう?そう考えていると。

凛怜「…もういい?」

ラミ「あ、うん、ありがと。」

凛怜「ん、くれはいこ。」

紅葉「うん。」


そして凛怜達は、去っていった。


しばらくして、グラレスが目を覚ましたと聞き、医務室へ行くと。


グラ「…。」

上半身を起き上がらせ、窓の外をじっと見つめるグラレスの姿があった。


ラミ「何を見てるの?」

グラ「…あいつ。」

ラミ「あいつ…あ、凛怜君たちだ。」


窓の外からは中庭が見えるのだが、その中庭の木にもたれかかり眠っている2人の姿があった。

眠る姿はまるでお互いがお互いを守るかのように寄り添っている、凛怜の性別を知らない者からしたら完全な姉妹だと思ってしまいそうだった。


ラミ「それで、凛怜君たちがどうしたの?」

グラ「…あいつに言われたことを考えてた。」

ラミ「…それで?」

グラ「あいつが言いたいことはあの景色にあるんじゃないかってさ。なんとなく思うんだ。」


あの景色とは、窓から見える中庭にいる彼らのことだろうなと、察しはついた。


ラミ「なんで?」

グラ「なんとなく。あいつらと関われば掴める気がする。」

ラミ「君も懲りないね。」

グラ「うっせ。」


そう言った彼の顔は、今までに見たこともないものだった。

まだまだ疑問は残るけど、どうなるかな?

まぁ、なるようになるよね?



グラレスside


俺は勝ち続けなければならなかった。

勝つ事でしか、自分の価値を示せるものはないと思っていたから。

俺は生まれながらにして、能力というものがあった。そして、それを持つことがどんなに大変なのかも、それには大いなる責任が伴う事を子供ながら知った。


MIOの特務隊に入った後もそうだ。

俺は勝ち続けた。戦えば誰よりも戦果を上げ、部隊の中ではいちばん強いとまで言われた。

俺は調子に乗っていたのかもしれない。

世界に俺に勝てるやつが何人いるのだろうかと、むしろ俺が世界一の強さを持っているのではないか?とさえ思っていた。



あいつらが来るまでは…。

全くの無気力、自分たち以外心底どうでもいいと言っているように感じられる瞳。


でも、ひと目見て分かった、圧倒的な強者の雰囲気。幾つもの戦いを経験してきた歴戦の猛者。その年齢で、一体どう過ごしたら、そんな風になれるんだ?俺は気になって、勝負を挑み、すぐ断られたが叔父さんの助言もあり、戦える事になった。


向かい合って相手が刀を構えた瞬間に背筋が凍るような思いだった。

どこから攻めても切られる、そう思えて仕方なかった。

それを誤魔化すかのように、連撃を繰り出した。何かの間違いだと思いたかったのだろう。

俺は最強だ、だからこそこいつにも勝てると思いたかった。

それでも、やはり負けた。


凛怜「お前、弱い、死ぬだけ。」


そう無感情に、吐き捨てられたとき、俺の中の何かが燃えだした。


グラ「…うるさい、まだ負けてねえ!」

凛怜「??もう動けないのに負けてない?」

グラ「俺は諦めてねえ、だからまだ負けてねえ!」

凛怜「…よく分からない。」

グラ「うるせえ!お前が気に入らない!」

凛怜「…そう。」


悔しかった、自分は負けたんじゃないと思いたかった。そんな俺をあの2人は、無感情に見つめてきた。1人は若干睨んでいたが…。


医務室に連れていかれて、一日で回復して次の日。

今度は、紅葉という少女とやることになった。

紅葉「…直線的すぎ。」

グラ「く…そ…。」


結果は惨敗だった。

手も足も出なかった。


グラ「ま…だ…まだ!」


それでも俺は諦めたくなかった。

紅葉「やめたほうがいい、しぬよ。」

グラ「うるせえ!これで引くくらいなら死んだ方がマシだ!」


俺は勝ち続けなければいけない。

そうしないと俺は…俺は…。


凛怜「お前、だから弱い。」

グラ「な…に?」

凛怜「自分の実力、分かってない、死ぬだけ。」

グラ「そんなのとっくに覚悟は出来てる!」

凛怜「それじゃだめ、周り死なせるだけ。」

グラ「っ?!」

なんだと、周りを死なせる?そうしないために強くなるのでは無いのか?

凛怜「死にたいなら、勝手に死ね。」ギロッ

そう言われた瞬間に放たれた殺気は死神のように俺の脳裏に死を植え付けてきた。


なんなんだ、こいつは。化け物なのか?という考えすら浮かんでくる。


そして俺はまた意識を失った…。


次の日病室で目を覚ました俺が窓を見ると、例の2人がいた。

周りを死なせるだけ、これが何を意味しているのか、分からなかったから。

ただ、寄り添って眠る2人にその答えがあるのでは無いかと思った。そこまでの強さを持ちながら、寄り添って眠る姿はどこか儚くて、どこかに消えてしまいそうな。

彼らは俺に対してどう思ってあんな事を言ったのだろうか。

俺が弱いと思うのはなぜなのだろうか。

あいつらに遠く及ばないから?いや何となく違うと思う。では、なんだ?

考えている内に、さらに訳が分からなくなっていき、行き詰まったような感覚に陥る。

とりあえず、今日は寝よう。そう思い、目を閉じた。


1週間後


まだ考えも分からないまま、時だけが流れていった。何気なしに、MIO内を散歩をしていると、中庭にあいつがいた。


凛怜「…。」

白銀の髪をなびかせ、刀を携えているあいつが。

容姿だけ見れば、とても綺麗で儚い、思わず見惚れてしまいそうだった。


グラ「なぜお前がここにいる?」

凛怜「…。」

俺の質問した事に答えず、視線だけ向けてきたが、直ぐに視線を元に戻した。

グラ「お前の言ったこと。」

凛怜「??」

グラ「俺の強さは周りを死なせるだけってやつだ。」

凛怜「…うん。」

グラ「なぜ、あんな事を言ったんだ?」

俺は聞き出そうと、質問した。

すると、何も反応が無かったやつが、初めて反応を示した。


凛怜「おまえの強さ、自分のためのもの。」

グラ「…それの何が悪いんだ?」

凛怜「力は人のために振るうもの。自分のためは違う。」

グラ「…どういう事だ。」

凛怜「守りたいものを守れなくなる。それは、守りたいものを傷つける。」

急に饒舌に話し始めた事にも驚いたが、言っていることがよく分からなかった。


グラ「俺は、間違っているのか?」

凛怜「お前の力は本物。それをどう振るうかは、お前次第。」

グラ「じゃあお前はなんのために強くなったんだ?」

凛怜「守るため。」

守るため、その一言はこいつの人生の基盤になっているものと思えるほど、真剣だった。

グラ「俺は…。」


紅葉「凛怜?」

凛怜「ん。」


そう言いながら、あいつはもう1人のやつに向かって、歩いていくが、少し振り返り。

凛怜「お前の力、なんのためにある?」

そんな一言を残すと、今度こそ去っていった。


守るため?自分は何のために強くなったんだ?

勝つためだ。でもそれの何が悪いんだ?

そう言いつつ、俺の胸には何かしこりの様なものがあったが、見ないふりをして俺もその場を去ったのだった。



数ヶ月後、まだ俺は答えを得ていない。


杏華「あら、グラレスじゃない。」

グラ「杏華か、おはよう。」

杏華「えぇ、おはよう。前から、なにか悩んでるみたいだけど、どうしたの?」


俺の様子に気付いた杏華が、そう問いただしてくる。


グラ「なぁ、杏華?なんで強くなりたいんだ?」

俺はなにか参考になるかもしれないと思い、杏華に、こんな質問した。

杏華「何よ急に。」

グラ「いや、ちょっと聞きたくてな。」


怪訝な表情をしながら、杏華は答えた。

杏華「…そうね、私という存在を全員に認めさせる為って、前までは思ってたわ。」

グラ「前までは?今は違うのか?」

杏華「えぇ、私は任務に誇りを持って挑んでいるの。任務をやる事で、私より弱い人達を守れる。その為に、強くならなきゃいけないの。」

グラ「…そういえば、あいつに特訓して貰ってるんだっけか。」

杏華「そうよ、癪だけどね。」


そう言いながら満更でも無い表情をしていると思うのは気のせいだろうか。

思えば、あの任務以来、杏華は少し変わった気がする。それはラミにも言えることだが。


グラ「守るためか…。」

杏華「凛怜に何か言われたんでしょ?」


考え込んでいると、杏華からそんなことを言われた。

グラ「…あぁ。それで、俺の力は何のためにあるんだろうなって思ってな。」

杏華「私も言われたわ。1回、凛怜と特訓してみたら?」

グラ「…なるほど。」

それもいいかもしれない。

というわけで……。


紅葉「…なんでお前がいる?」

グラ「特訓をするためだ。」

紅葉「それは見ればわかる。なんでここにいる?」

グラ「…杏華に誘われたんだ。」

紅葉「…。」

杏華「はいはい、それより始めるわよ、凛怜。グラレスも一緒だけど良いわよね?」

凛怜「…うん。」

今まで静観していた凛怜が口を開いた。

紅葉ムゥ

杏華「今日は何やるの?」

杏華がそう聞くと、ずっと傍らに置いてあった、大量のテニスボールを見つめながら。

凛怜「走って。」

杏華「げっ、あれやるの?」

凛怜「うん。」

グラ「どういう事だ?」

杏華「走りながら、凛怜から投げられたボールを避け続けるのよ。なんでも相手の殺気を察知して、避ける特訓らしいわ。」

凛怜「俺は後ろにいるから。」


なるほどな、確かにいつ来るか分からない攻撃を読むというのは大事な事だ。

加えて、体力作りも出来るのは一石二鳥だろう。

でもなぜだろうか、とても嫌な予感がする。

だって、あの女と杏華がげんなりしているんだから。


グラ「…きついのか?」

杏華「きついなんてもんじゃないわよ!」カタカタ

紅葉カタカタ

ふ、震えてる?!


凛怜「今日は軽くやる。」

杏華「…そう言って軽くなかったことないんだけど?」

凛怜「…位置について。」


はぐらかすようにそう言うと、2人とも渋々といった様子で位置につく、それにならって俺も横一列に並ぶように位置についた。


凛怜「始め。」

その合図に俺たちは一斉に駆け出した。

その後ろから、凛怜がテニスボールが入った籠を持って、無表情で追いかけてくる。

2人の表情を見ると、今まで見た事ないような顔で、当たったら死ぬと言わんばかりに必死だった。

その顔に最初はたかがテニスボールだろ?と思ったが、次の瞬間にその余裕が消えることになる。

グラ「え?」ビュッドォン

びゅっと何かが俺の横を通り過ぎた。

飛んで行った方向に視線を向けると、1個のテニスボールだった。

あいつが投げたボールが弾丸のような速度で俺の横を飛んできた。

この一瞬で察した、あ、これやばいと。


凛怜「油断すると当たる。」


そこから地獄だった。

きっとその瞬間から、俺も2人と同じ表情になっていたと思う。

あの細腕からなんていう威力を出せるんだあの男は?!


凛怜「まだまだ行く。」

3人「「「いやぁぁぁぁぁ!」」」


1時間後


凛怜「そこまで、休憩。」

グラ「お…まえ、ほ……んとに。」ハァハァ

杏華「し…しぬ。」ハァハァ

紅葉ハァハァ


俺たちが息も絶え絶えなのに、こいつは汗ひとつかいてないとか、どうなってんだよ…。


凛怜「紅葉さらに上手くなった、偉い。」ナデナデ

紅葉「えへへ、嬉しい。」

凛怜「杏華は最初よりだいぶ成長した、偉い。」

杏華「と、当然よ。」

凛怜「グラレス=ドレスロースはもっと殺気を察知する練習が必要。」

グラ「殺気を察知するにはどうすればいいんだ?」

凛怜「殺気を操る。」

操る?感じるように意識するんじゃなくて?

グラ「…どういう事だ?」

と言った瞬間、背中に悪寒が走った。

凛怜ブォン

グラ「どわぁぁぁ。なにすんだ?!」

こいつが刀を俺に振り下ろしてきたのだ。

凛怜「今、誰にでも分かるように殺気を放ちながら攻撃した。そして…。」

グラ「いや、言えよ…え?」チャキ

気づいたら、首に刀があった。そして数秒後に悪寒が走った。

グラ「なにが起こったんだ…?」

驚いてはいたが、警戒していたはずなのに、二撃目の攻撃を避ける事が出来なかった。

いや、

凛怜「これが、殺気を薄くした攻撃。殺気をコントロール出来れば、こんな事も出来る。」

グラ「な、なるほどな。」

凛怜「これが一段階目。」

グラ「…何段階あるんだ?」

凛怜「4段階まである。紅葉はもう少しで4段階目の領域にいく。杏華は、続けていったら、3段階目にすぐ届く。」

グラ「その段階を詳しく教えてくれ。」

凛怜「見た方が早い。」


そう言うと、あいつは刀を構えた。

凛怜「っ!」

俺は背筋がゾクッとする様な悪寒を感じた。

あいつの刀を見ると、なにか白い膜のようなものが覆われていた。

凛怜「【纏いドレサーレ】」

グラ「それが2段階目なのか…?」

凛怜「うん、殺気を刀に纏わせた。受けてみる?」

グラ「…いや、やめとく。」

凛怜「…そう。」

なんで、少し残念そうなんだよ。

凛怜「…殺気は殺気でしか対抗できない。唯一異常種にも有効。」

グラ「なんだと?!」


異常種にも対抗出来るのか?!

グラ「コツは無いのか?」

凛怜「身体の一部と思うこと。もちろん自分の身体に纏わせる事も可能。」

そう言うと、あいつの身体全体に白い膜が現れた。

凛怜「これが出来たら、次の段階。」

白い膜が刀の方に集まっていき、刀に纏ってる膜の色が黒紫色に変化していく。

鋭く、肌に殺気が刺さっている感覚に襲われる。

凛怜「【紫纏ヴィオドレサーレ】」

グラ「そ、それが3段階目なの…か?」

汗が止まらない、一瞬殺される錯覚を起こしたほどだ。

凛怜「強固に纏えば、威力が増す。これを飛ばすことも可能。」


あいつがそう言うと、刀を振りかぶった。


刀から黒紫色の斬撃が壁に向かって放たれた。

もはや人間業じゃないそれに、開いた口が塞がらなかった。


凛怜「4段階目はこれを身体全体に纏う。今のお前がこれをやると身体が爆発する。」

グラ「そ、そうか。」

凛怜「紅葉。」

紅葉「なに?」

凛怜「紅葉にはこれも特訓してもらう。」

あいつの全身からオーラが出始めた。

凛怜「これはその先。」


あいつの威圧感が増し、刀にオーラと殺気が混ざっていく。

凛怜「【神喰かみくい】」

横一文字に、刀を振り先程よりも強力な一撃が壁に放たれた。

凄まじい爆発音が鳴り、煙が出る。

煙が晴れた壁を見ると、横一文字の傷跡が壁についていた。


凛怜「ここまで出来たら、合格。」

紅葉「うん、すぐマスターする。」

杏華「これは、私たちにもできるの?」

凛怜「うん、出来るけど、今は無理。」

杏華「なんでよ?」

凛怜「身体が耐えられないから。」

杏華「そう…。」

凛怜「焦らなくてもいい。続けていればできるようになる。」

グラ「…俺もか?」

凛怜「うん。じゃあ続き。」

そう言って、テニスボールの籠を持ち上げた。


グラ「げっ!」

杏華「や、やってやろうじゃない。」

紅葉「い、いつでも行ける。」

凛怜「次当たった数だけ、罰あるから。」

3人「「「え?」」」

凛怜「頑張って。」

3人「「「もういやぁぁぁぁぁぁ!」」」

その後当たりまくった俺と他2人は罰として筋トレをその回数×10回やったのだった……殺す気かよぉぉぉぉぉぉ!!


特訓後、もちろん俺は吐きそうになっていた。

自分でも鍛えてるつもりだったが、こんなになるなんて思わなかった。

俺と一緒にやっていた2人も俺ほどでは無いが、汗をかいてその場に座り込んでいた。


杏華「あー、汗でべとべとだし、シャワーを浴びたいわ。」

紅葉「…私も。」

凛怜「ん、わかった。」

杏華「…覗いちゃダメよ?」

凛怜「??」

紅葉「凛怜はそういう事しない。でも、どうしても覗きたいなら私を見るべき。」

凛怜「もう見てる。」

杏華「いや、そういうことじゃないわよ。」

凛怜「??」

杏華「とりあえずお疲れ様、また明日ね。」

紅葉「凛怜、また後で。」

凛怜「うん、まってる。杏華、また。」

グラ「おう、またな。」


これで一旦解散となり、残されたのは俺とこいつのみ。

グラ「なぁ。」

凛怜「ん?」

グラ「お前にとっての強くなる理由は守るためだって言ったよな?」

凛怜「うん。」

グラ「なんでそう思ったんだ?」

凛怜「…。」

そう聞くと、凛怜は一瞬辛そうな顔を出した。

聞いちゃまずかったかもしれない。

グラ「いや、言いたくないなら別に。」

凛怜「昔。」

グラ「昔?」

凛怜「なんの罪もない人を殺した。」

グラ「なんだって?!」

凛怜「守りたかった。でも殺してしまった。」

グラ「大切な人だったのか?」

凛怜「うん。」

その顔は懺悔しているような表情をしていた。

グラ「後悔してるのか?」

凛怜「してる、だから次は守る。」

今度はこいつの目が覚悟を決めた男の顔をしていた、それに見惚れると共に、何か危うさを感じた。

こいつは強い。実力もさることながら、在り方すら俺は勝てない。

グラ「ハハッ。」

凛怜「…なぜ笑う?」

グラ「いや、そういう事なんだなってさ。」

凛怜「??」

グラ「俺の負けだ。」

凛怜「…何が?」

グラ「なぁ凛怜、俺さ勝ち続ける事が全てだったんだ。」

凛怜「…。」

グラ「負ける事なんて考えたこと無かった。仮に負けても挑み続けて勝てばそれを相殺出来るなんて、軽い考えをしてた。」

凛怜「それじゃすぐ死ぬ。」

グラ「あぁ、それじゃダメなんだよな。」


そうだ、負けたら死ぬ。

俺がいるのは、そんな世界なんだ、負けるくらいなら死んだ方がマシなんて、自分本位にも程があるじゃないか。

凛怜「自分のための強さは身を滅ぼす。」

凛怜の言葉に全て詰まっていた。


グラ「俺は強くなれるかな?」

凛怜「分からない、次第。」

グラ「お前名前…。」

凛怜「今のグラレスいい目してる、俺が好きな目。」

グラ「…そうか。」

いきなり好きとか言うなよ、びっくりするじゃん。

グラ「お前の領域にすぐにいってやるよ。楽しみにしとけ。」

凛怜「うん、してる。」


俺はなにか返せるだろうか。

いや、あるな確実に。

グラ「なら、お礼で、俺から教えられる事を教えてやる。」

凛怜「…それは何?」

グラ「口調だ、口調。凛怜は口数が少なすぎる。」

凛怜「??」

グラ「俺の真似してみろ。」

凛怜「ん。」

グラ「ん、じゃなくて、返事はおうだ。」

凛怜「おう?」

グラ「そうだ、これから返事はそうした方がいい。男らしくてかっこいいだろ?」

凛怜「かっこいい。」


なんてやり取りをしていた。

言っておくが完全な善意だ、なのにこれがもう1人の方との仲を悪くするきっかけだったりするのだが、それに気付くことはなかったのだった…。

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