あそぼうよ

「おはよう」


 目が覚めた私の目の前に居たのは、私の机の上に肘をついて、その両手で頬を支えニコニコ笑いかけている少年だった。年は7歳くらいだろうか。

 私は目覚めたばかりで乾いている目を瞬かせながら、ここが教室であることを確認した。部屋が暗いから、きっと私とこの少年以外、この教室はおろか、学校全体に人はいないのだろうと思う。だって今は夏休みだから。

 小さい机と椅子が、きれいに並べられている。前の黒板も使用されていないくらいきれいだ。ここは私の通っていた小学校のようだ。


「遊ぼうよ」


 少年はそういうと私を引っ張って中庭へ抜ける扉の外へ出ていく。外は教室と違って明るかった。私は少年を追いかけて中庭へ出た。夏の日光がじりりと焼き付くが、暑いとは感じなかった。

 少年は中庭にある石垣をよじ登っている。学校を囲う石垣は、一段、二段とある不思議な段差があるお陰で越えることが可能なのだ。


「ほら、はやく」


 少年に急かされて、私は石垣を登って学校の敷地から出る。だん、と飛び降りた足の裏にアスファルトの衝撃がびりびりと響いた。


「はやく、いこうよ」


 少年が私の手首を掴む。どうやら山の方へ向かっているようだった。

 坂を登り、転々とある住宅の間の道を駆け抜けていく。徐々にアスファルトであった道は土へと変わり、周囲の風景も住宅から背の高い杉林へと姿を変えていった。

 そして、少年と私は石階段の目の前にたどり着く。左右に赤い手すりが付けられ、それは階段の上へと続いていた。階段の先には杉林に囲まれてぽっかりと開いたような青空が見えている。

 少年は私の手首から手を離した。そしてその階段を、私を振り返らずに上っていく。私もその後を追って、小さく狭い石階段を上った。

 たどり着いた先にあったのは、小さな神社だった。杉林に囲まれた、きれいな神社。敷地自体が杉林によって円を囲むように仕切られている。少年は神社の目の前まで行くと、私の方を振り返ってにっこり笑った。


「あそぼうよ」


 神社の背後は吹き抜けていて、青空が見えている。白い入道雲がそこにはあった。

 びゅうと強い風がそこから吹き込み、少年の服をなびかせ、私の髪をなでる。杉林はざわざわと騒々しく鳴り、空高くからゴオォ、と飛行機の飛ぶ音がした。

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夢語り 鹿海水仙 @kanomihisa

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