インカーローズの王冠
紅葉した葉が落ちて、この空き地一帯を鮮やかに染め上げていた。土の色なんて少しも見えていない。私の頭上にはこの落ち葉を作り上げた立派な大木が佇んでおり、こんなにも葉を落としているのに未だ紅葉を繁らせていた。
大木を見上げた私はため息をつく。口からもわりため息が白くなって出て、消えていった。まだ冬ではないのだが、空気は肌に突き刺さるほどに冷たい。そのため私は、手袋以外の防寒具を付けている。
私のため息はこの寒さに対してもあるのだが、もっと別にも理由があった。それは、この大木の枝に引っ掛かっている王冠だ。
ピンク色の小さな宝石が均等に嵌め込まれた王冠は一見、子供が使うおもちゃの王冠に見える。しかしあれはまさしく本物で、私はそんな本物を遠慮なく投げて遊んでいた。そしたら、木に引っ掛かった。
あの王冠は一応、私の手持ちの物だったから引っ掻けたところで焦りはしないのだが、本物の宝石を埋め込んである王冠が自分の手では届かないところに引っ掛かったという点については焦りを覚えている。
どうしようか、届かないな。私は意味もないジャンプを繰り返しながら、王冠をとろうと模索していた。
「どうかしましたか?」
ふと背後から声をかけられて、振り返る。まず目に入ったのは、私の腰より少し高いところに頭のある少女だった。白銀の髪は心なしかほんのり桃色がかっているように見える。来ている服も白くモコモコしていて可愛らしい。年は幾つくらいだろう、見た目10歳くらいに思えた。
そして、その背後には黒い服を着た背が高くてがっしりした体格の男と、反して背が低く線の細い男が、少女の左右に立っていた。恐らく私に声をかけてきたのは、線の細い男だろう。
何だろう彼等は。ただ者ではない気配を感じながら、私はしっかりと3人に向き直った。
「いや、木に大切な物を引っ掻けてしまって」
「それは、あれですか?あの王冠…」
「あぁ、はいそれです」
「どうやって引っ掻けるんですか、あんなの…」
「いやぁふざけてたら……」
「…まぁ、彼なら手が届くでしょうから、お取りしますよ」
線の細い男が、親指で隣に立つ大きな男を差した。指名された大きな男は無言で私の方に近付いてくると容易く王冠を取り、私に手渡してくる。糸目の奥から、僅かにエメラルドのような輝きが見えた。
「ん」
「あ、ありがとうございます…」
存外ぶっきらぼうに手渡され、また私より大きいその体に気圧されかけたが礼は述べた。王冠が手元に戻ると、ほっとする。良かった、取れなかったらどうしようかと。
安堵して腕の中に王冠をおさめると、少女が興味深げに王冠を見つめているのに気付いた。まだ王冠とかに興味のある年頃なのだろうか。
「見る?どうぞ」
私は王冠を差し出すと、少女が少しワクワクした様子で手を伸ばしてきた。
そして王冠に触れた。その時。
『お前がアナスタシアだ』
そんな、老父のような声がした。どうやら聞こえたのは私だけではないらしく、少女も驚いたようにそのクリクリした目を見開いて手を引っ込めている。男二人には聞こえていなかったのだろう、驚いて手を引いた少女と、同じく動かない私を訝しげに見つめている。
お前がアナスタシアだ。老父の声はそういった。私は直感的に、この少女の名前がアナスタシアなのだろうと思った。
そして、あの老父の声の主は、この王冠であることも。容易に悟ることができた。
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