最期の晩餐
日は沈み、空は徐々に暗くなっていく。うっすらと雲が長く広く伸びた状態でゆったり流れていき、その奥で星がポツ、ポツ、と瞬き始めた。
「貴方は何を頼むの?」
私に掛けられる声。前に向けば、白いテーブルクロスを掛けられた円形のテーブルを挟んだ先に、車椅子に座った老婆がにこやかに微笑んでいる。
ここはどこかのレストランの屋外。まるでイタリアやフランスを彷彿とさせるような石造りの敷地を、洒落た外灯が転々と場を照らしている。周りでは食事を楽しむ人々で賑い、しかしどこか慎みのある雰囲気を醸し出していた。
私たちは、そんな雰囲気に一線引いた、ほんの少し暗い所にいる。敷地は同じなのに、私たちのいる場所だけは不思議と他より静けさがある気がした。
「何も要らないの」
老婆がそう言ったから、私は頷いた。あら、そうなの、と残念そうに言う老婆の表情は変わらず微笑んだままだ。
まるで「仕方なのない子ね」と微笑んで許してくれるような笑顔。
「お水を貰おうかしら」
老婆はお水を一杯だけ注文した。それ以上の物は頼まず、老婆はお水だけをもらった。
それだけでいいのか。他には要らないのか。
ああ、この老婆はもう十分与えられたのかだったか。
もう直ぐで、死んでしまうのだったか。
それに気付くと、途端に悲しい気持ちが濁流のように胸に押し寄せた。目頭がじん、と熱くなり、ボロボロと涙が溢れ出てくる。その一粒一粒が大きく、私の行儀よく膝の上に置かれた両手の甲にパタパタと落ちていく。
不思議と鼻は詰まらなかった。全て、涙として綺麗に目から溢れていた。
「私は幸せだったわ」
ああ、止めてくれ。話さないでくれ。
それを語ってしまったら貴方は死んでしまうのだ。
私は知っていた。散々この光景を見たのだ。何度も、この老婆が人生を語り、目の前で息絶える姿を見たのだ。
もういい、見たくない。何度も死ぬ貴方の姿なんて。私を置いていく貴方なんて。
お願いだから、死なないで。置いてかないで。
「ありがとう」
止めてくれ。礼なんて要らないから。
欲しいのは、貴方の生きているその姿だけなんだから。
老婆の手を握る。温かい。けれど、もう、老婆は口を開かない。先と変わりのない、優しげな微笑みを称えて。
死んでしまった。また死んでしまった。
「っなんで……」
老婆が死んだ瞬間に、鼻がつまり始めた。私は握り返してはくれない老婆の手を両手で強く握りしめ、悔しげに声を漏らす。
私は、貴方を救えないのか。
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