第16話 アホな兄ちゃん、アホじゃない兄ちゃん、どっちも良き3

 疑いの眼差しを向けてくる兄ちゃんにウチは「たはは……」とワンクッション置いてから、わけを説明した。


「いやさ、やっぱ人前だと恥ずかしかったりするじゃん? 兄妹でずっとくっついてるのは」


「いいや、これっぽっちも恥ずかしくないが?」


「……うん。兄ちゃんはメンタルお化けだから平気かもだけど、ウチが気になっちゃうからさ。初鹿野さんがいた時もウチ、兄ちゃんに対する態度冷たくなっちゃってたでしょ? 多分、学校だとあれよりも酷くなっちゃうかもだから……」


 指を弄りりつつチラと兄ちゃんの様子をうかがう。


 と、神妙な面持ちをした兄ちゃんの涼しい視線がウチのハートをズキューンと射抜いてきた。


 か、かっくいい…………じゃなくてッ⁉ も、もしかして――薬の効果が切れたッ?


 本来の効果時間よりも短かった昨日の一件が脳裏をよぎる。


「……千夏」


「ひゃい!」


 名前を呼ばれてドキリとする。


 やっぱり――効果が切れて元に戻ったんだッ!


「……気に病むことはないぞ? 千夏。冷たい態度で接せられてもお兄ちゃんは大丈夫! 一向に構わん! てかむしろウェルカムだッ!」


 あ、全然大丈夫だこれ。


 自分の体を抱きながら落ち着きない動きをしている兄ちゃんを見てウチはそう判断した。


 なんか……薬のせいで若干変態になってる気がするんだけど。


「備えあれば憂いなし、本格的な夏を迎える前に俺を氷漬けにしてくれッ!」


 訂正、気がするじゃなくて確実になってる。


「えっと、だから兄ちゃんが良くてもウチが――」


「わかっていると思うが、氷漬けのお兄ちゃんを溶かすの千夏の役目だからな? 熱き愛のパワーで」


 ダメだ、完全に舞い上がっちゃってるよ。


 もはや兄ちゃんはウチを見ていない。視線を上空に固定したまま緩みきった口元からフヘへと漏らしている。一体なにを想像しているのやら。


 はぁ。こんなこと、ほんとは言いたくないけど……仕方ない。


 ウチはゆっくり呼吸を整えてから、妄想を膨らませている兄ちゃんをキリッと睨みつけた。


「――兄ちゃんッ!」


「えッ――あ、なに?」


「ウチは気にしちゃうのッ! 兄ちゃんは大丈夫でもウチは気になっちゃうのッ! だから学校では話さないッ! …………従ってくれないなら」


「……なら?」


 続きを促してきた兄ちゃんにウチは言い放つ。


「――家に帰っても、続きしてあげないから」


「な……なん、だと」


 兄ちゃんは左胸を両手で押さえながら三歩後退し、力尽きるように膝を地につけた。


「……そんな、嘘だろ? それだけを楽しみに今日一日を乗り切ろうとしてたのに……こんな……俺、ちゃんと今日を生きれるかな? 自信、なくなってきちゃったよ」


 ごめんね……兄ちゃん。


 地面に向かってぼそぼそと呟いている兄ちゃんにウチは心の中で謝る。


「そういうことだから……頼んだよ?」


 ウチはそう一方的にお願いし、兄ちゃんを残してつま先を学校がある方へ向ける。


 家に帰っても続きをしない、なんてのは嘘。ウチだって早く兄ちゃんとしたい。というかできることなら学校でだってイチャつきたい。


 けど、できない。学校でのウチのキャラが……それをさせてくれない。

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