04 燻(くゆ)る

 源宛みなもとのあつる平良文たいらのよしふみは争うのをやめ、仲睦まじく土地をひらいた。


 いつしかあつるに子が生まれ、良文よしふみはその祝いに夕顔の花を選んでいると、郎等ろうとうが血相を変えて注進に来た。

「よ、良文よしふみさま」

「何じゃ」

 いつかこんなやり取りをしたな、と良文よしふみは思いながら、郎等の言葉を待った。

箕田みだが……燃えております」

「何!?」

 良文よしふみが急ぎ馬に乗り、箕田へ駆けつけると、まるで焼き討ちにあったかのように、燎原の火が、天をも焼かん勢いで燃え上がっていた。

 方々から、燻ぶった匂い。

 だが良文よしふみは袖で口と鼻を覆いながら、あつるの館にたどりつく。

 館は炎上しており、さすがの良文よしふみでも、その中へ入ることは躊躇ためらわれた。

「……誰か出てくる?」

 全身を焼かれながら、館から人影が飛び出して来た。

 良文よしふみが近寄ると、それはあつるであった。

「……あつるどの!」

「……不覚を取った、良文よしふみどの」

 あつるはその腕の中に抱いた嬰児みどりごを差し出した。

「……頼む。どうかこの子を。摂津せっつの妻の里へ」

 良文よしふみが嬰児を受け取ると、あつるは笑い、そしてそのまま倒れ、焼け死んだ。

あつるどの!」

 良文よしふみあつるに尚も呼びかけていると、背後から嘲笑が響いた。

「情けなや。あれでも源仕みなもとのつこうの子か。呆気ないにも程があるわ」

 良文よしふみが近くの郎等に嬰児を預けながら振り返ると、そこには見知った顔の男が立っていた。

良正よしまさ……」

「久しいの、兄上」

 良文よしふみの弟、平良正たいらのよしまさは、邪悪な笑みを浮かべていた。その笑みから、この焼き討ちの主は良正よしまさと知れる。

何故なにゆえ

「知れたこと。郎等を煽って共倒れを狙ったが、駄目になったからよ」

 良正よしまさは承平天慶の乱における恩賞を不服に思い、かつ、気に入らない兄の良文よしふみを倒そうと企んでいた。

「が、何だこれは。共倒れせぬとは」

 そして良正よしまさは、子が生まれたあつるを襲った。あつるつわものであったが、良正よしまさが郎等に命じて、あつるの館に向かって火矢を放つと、弾かれたように館へ向かった。

 館には、生まれたばかりの子がいたからである。

「それでようやく箕田を盗れると思いきや、兄上が来たというところよ」

 良正よしまさが目配せすると、郎等が、それぞれに弓を構えて迫る。

「ついでだ。兄上、死んでくれ。その子と共に」

 良正よしまさが射るように命じたその瞬間だった。

 良文よしふみが恐るべき速度で弓を構え、素早く矢を放った。

 矢はあやまたず、良正よしまさの眉間を貫いた。

「……がっ」

「遅い。あつるどのならけた」

 良文よしふみと郎等は馬首を巡らすと、呆気に取られている良正よしまさの郎等らを後に、駆け出した。

 向かうは、摂津。

 あつるの遺児を、必ず。

「そして伝えなくては、この子の父が、どれだけ強く……そして、人たらんとしたかを」



 時が経ち。

 あつるの子は摂津渡辺にてはぐくまれ、長じてつなと名乗った。

 渡辺綱わたなべのつなである。

 そしてそのつなが伝えたのか、このあつる良文よしふみの物語は、こう結ばれている。


 ――あつる良文よしふみも互になかよくて、露隔つゆへだつる心無く思ひ通はしてぞ過ぎけるとなむ、語りつたへたるとや。


【了】

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夏が燻る ~ 源宛(みなもとのあつる)と平良文(たいらのよしふみ)と合戰(あひたたか)ふ語 ―「今昔物語集巻二十五第三」より― ~ 四谷軒 @gyro

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