それぞれの気持ち

(ついにキスしてしまったあぁぁぁ)


 学校の授業中、隆史は心の中で叫んだ。


 自分の席に座りながら頭をかかえ、登校中にしてしまったキスについて後悔した。


 いや、好きな人とのキスなので後悔はないが、罪悪感があると言った方が正確だろう。


 ただ、付き合っていないにも関わらずキスされてしまったのだし、姫乃にとっては嫌なことかもしれない。


 周りからバカップルだと思われているからキスを拒否しなかっただけであって、本当はどう思ったのか分からない。


 心の中では付き合ってもいないのに何でキスしないといけないの? と思っている可能性はある。


 今のところ嫌われている様子はないが、それはあくまで人前だからだろう。


 二人きりになったら露骨に嫌な顔をされるかもしれない。


 付き合ってもいない男からキスをされたのだから。


「アガガガガ」

「高橋くん、うるさいですよ」


 嫌われたかもしれないと思った隆史が奇声をあげるも、先生が注意してきた。


 奇声をあげた生徒がいれば注意くらいはするだろう。


「すいません」


 眉間にシワが寄っている先生を見て謝った。


☆ ☆ ☆


「タカくん、どうしました?」


 昼休みに二人きりになると、姫乃が心配そうな顔で訪ねた。


 恐らくは授業中に奇声をあげてしまったことについてだろう。


 クラスメイトが奇声をあげれば気になるものだ。


「な、何でもない」


 キスをしたことにより嫌われてしまったんじゃないか? と思ったなんて言いたくない。


「何でもないわけないじゃないですか」


 そっぽを向いて答えた隆史の手に、姫乃の温かい手が重なる。


 確かに何もないのに奇声をあげる人など中々いないだろう。


「辛いこと、悲しいことがあったら私に話してください。私が慰めて差し上げますから」


 優しい声を出す姫乃に甘えてしまいたくなるが、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。


 この関係はあくまで慰め合うだけなので、付き合っていないのだから。


「もしかしてキスのこと、ですか?」

「うん……」


 妙に察しがいいとこがあるな、と思いながらも頷く。


 いや、キスの件についてのことは誰だって分かるだろう。


「罪悪感があるとか思っているなら大丈夫です」

「……え?」


 予想していた言葉とは違う台詞が聞こえていたため、隆史は目を見開いて驚く。


 てっきりキスはしないでほしい、と言われると思っていたからだ。


「嫌なら人前だという理由で逃げてますよ」


 キスのことを思い出したかのように姫乃の頬が真っ赤に染まった。


 確かにいくらバカップルでも人前だというのを理由に逃げることは可能だ。


 強く抑えていたわけでもないし、女性の力でも簡単に逃げれる。


「つまりはタカくんとのキスは……嫌ではないということ、です」


 髪の隙間から見える耳まで真っ赤にした姫乃からの言葉だった。


(それってつまり……いや、でも……)


 白雪姫と呼ばれるほどに美少女な姫乃が、何の取り柄もない隆史を好きになってくれるなんて有り得ない。


 嫌ではないのは本当だとしても、恋愛対象として見られているかは不明だ。


(麻里佳に惚れられていると勘違いしたから変に考えているのかもしれない)


 自分だけに手を繋いでくれる麻里佳に惚れられているから告白すれば付き合えると勘違いした過去のせいで、隆史は疑心暗鬼になってしまっている。


 キスも慰め合いの一つだも姫乃が考えていれば、告白したところで無意味だ。


(いや、でも慰め合いで姫乃がキスをしてくれるだろうか?)


 貞操観念が高そうな姫乃が好きでもない相手にキスをさせてくれるとは思えない。


 だから少なくとも親愛の意味での好意はかなりあると考えられる。


 慰めてもらったのだし、好意を寄せられていても不思議ではない。


 でも、恋愛対象としての好意なのかは自信がなかった。


「その……証拠見せられる? もし、キスが嫌だったら謝りたい」


 男性と違って女性のファーストキスは特別な意味を持つだろう。


 いや、男性だってファーストキスを大切にするが、女性と比べたら気軽にしてしまう人が多い。


「いい、ですよ」


 有り得ないほど整った綺麗が顔がゆっくりと近づいてくる。


 青い瞳は恥ずかしそうながらしっかりとこちらを見ており、『逃げちゃダメですよ』と訴えているかのようだ。


「んん……」


 今日だけで二回のキスをしたと共に、姫乃にとってキスが嫌ではないと実感した。

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