幼馴染みが姉ぶる理由

「たっくーーーん」

「うぶ……」


 散歩を終えて姫乃を送り届けた後、家に帰ってきた瞬間に麻里佳に抱きしめられた。


 柔らかい胸が顔に直撃し、頭は麻里佳の腕で固定されて動けなくなる。


 最近は姫乃とずっと一緒にいるから寂しくなったのかもしれない。


 いっぱいお姉ちゃんさせてよ、と思っているのだろう。


 普通の姉は弟に抱きついたりしないはずだが、本当に最近はブラコンを前面に押し出してくる。


「リビングに行こうか」


 抱きしめられたままリビングまで連れて行かれた。


「ぎゅーーー」


 リビングのソファーに座っても麻里佳が離れることはなく、さらに力を入れて抱きしめられる。


「たっくんといるとお姉ちゃんって感じがするよ」


 えへへ、という声が聞こえてきたので、笑みを浮かべているのだろう。


 お姉ちゃんぶるのは結構なことだが、力を入れて抱きしめてくるのは止めてほしい。


 息がしづらくなるのだから。


「たっくんに彼女が出来てもいい。でも、ずっとたっくんのお姉ちゃんでいさせてほしい」


 ここ最近では珍しいくらいに優しい声を出した麻里佳に頭を撫でられた。


 どうやら姫乃を好きになっているのを気付いているようだ。


 学校以外でも一緒にいるのだし、気付いてもおかしくはないだろう。


「麻里佳はさ……まだ気にしてるの? 俺のお姉ちゃんが死んだこと」


 胸に顔を埋めながら質問をする。


「だって、私のせいだし……」


 悲しそうな声がした瞬間に頭が濡れたため、恐らくは麻里佳が流した涙が当たったのだろう。


 隆史には少し歳の離れた姉がいたが、事故で亡くなってしまった。


 事故の原因は一緒にいた麻里佳の不注意で、彼女を庇ったせいで車に轢かれてしまったらしい。


 姉である香菜かなはほぼ即死、麻里佳は骨折する重症を負った。


 重症ではあったが、今の麻里佳は生活に支障はないし、運動することも出来る。


 香菜がいなかったら麻里佳が即死していただろう。


「私がしっかりとしてれば……香菜さんは死ななくてすんだのに……」


 声がどんどん悲しそうになっていく。


「子供だからしょうがないよ」


 小学校三年生に全方位に注意を払えというのは無理な話だ。


「でも、香菜さんが亡くなった後のたっくんは見てられなくなったほどに酷かった……」


 自分の不注意で香菜が亡くなったから麻里佳も相当ショックを受けただろうが、それ以上に心に傷を負ったのは隆史だった。


 当時は相当なお姉ちゃんっ子だったために、隆史が受けたショックは計り知れない。


 姉がいる弟にはありがちな毎日のように「大きくなったらお姉ちゃんと結婚する」と言っていたし、良く一緒に寝たりもした。


 大好きな姉が亡くなったショックでまともにご飯すら食べれなくなり、一時期は栄養失調になり強制的に点滴で栄養を取らされたほど。


「だから私がお姉ちゃんになるしかないと思ったの。たっくんに彼女が出来たとしても、私は結婚せずにお姉ちゃんでいたいの」


 以前からお姉ちゃんぶっていたが、香菜が亡くなった後からさらに凄くなった。


 何が何でもお姉ちゃんでありたいような感じだったし、今まであまりしなかった料理も作るようになったのだ。


 でも、そのおかげで隆史はだんだんと元気を取り戻すようになり、思春期になる頃には麻里佳を異性として意識するようになった。


「麻里佳には凄い感謝してる。惚れちゃったし」


 自分のために一生懸命になってくれる麻里佳を好きになってもおかしくないだろう。


 それに麻里佳がお姉ちゃんになってくれなかったら、本当にどうなっていたかわからない。


 今でも塞ぎ込んでいたかもしれないのだから。


「今は白雪さんにベタ惚れみたいだけど」

「バレてた?」

「あれだけ一緒にいたら分かるよ。それに私たちのクラスにまで二人のこと伝わってくるし」


 確かに休み時間に他クラスの人が来てイチャイチャしてる隆史たちを見て絶望している。


「フラれてからあまり時間がたってないのに他の人を好きになるって軽蔑する?」

「しないよ。だって私はたっくんのお姉ちゃんだもん」


 何でもお姉ちゃんということで許してくれるらしい。


「姫乃と出会ってなかったら俺はまだ麻里佳のことが好きだったかな」


 香菜の死もそうだったが、隆史はショックを引きずってしまうタイプだ。


 なので姫乃と出会っていなかったら、ショックで確実に引きこもるかメイド喫茶に行っていた。


「ごめんね。私は何があってもたっくんのお姉ちゃんだから」


 ギュっとさらに力を込められる。


 自分のせいで香菜が亡くなったからお姉ちゃんでいないといけない、と麻里佳は思い込んでいるのかもしれない。


 別に怒っていないし、そこまで思い込まなくてもいいのだが、この呪縛はそう簡単には外れないだろう。


 何が何でもお姉ちゃんでいたいようなのだから。


 少なくとも呪縛だけは何とかしないといけないな、と抱きしめられながら思った。

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