再び白雪姫を慰める

「白雪……」


 学校での昼休み、教室にいない姫乃が気になっていて探してみたらまた屋上にいた。


 ただし、昨日と違うのは全身ずぶ濡れで他は同じように座りこんで泣いている。


 再び女子たちから何か言われただけでなく、今日は水を浴びせられたらしい。


 もう少し早く気付ければ良かったが、朝ご飯を食べれなかった影響でお腹が空いていたため、教室に姫乃がいないことにすぐに気付けなかった。


 昨日より明らかに顔が酷く、涙も全身が濡れているせいで流れているのかも分からない。


「高橋、くん……」


 悲しそうな藍色の瞳がこちらを向き、今にも生気を失いそうなほどに酷かった。


「悪い。すぐに気付けなかった」


 すぐに姫乃に近寄り、隆史は自分の着ているブレザーを脱いで彼女に肩にかける。


 四月になって気温が上がってきているとはいえ、ずぶ濡れ状態でずっといたら風邪をひいてしまう。


「高橋くんは悪く、ないです」


 確かに何もしていないから悪くないが、少し考えれば再び姫乃が何かされる可能性があるのは容易に分かることだった。


 昨日女子たちに酷いことを言われたのを知っているのだから。


「でも、ごめん、なさい。また……少しだけ……少しだけでいいので、高橋くんの胸を、お借りても、いいですか?」

「もちろん」


 頷いた隆史は両手を広げ、昨日と同じように姫乃を抱きして彼女の顔を自分の胸に埋めさせる。


 濡れているせいで体温が下がっている、プラス女子たちに酷いことをされたためか、姫乃の身体は小刻みに震えていた。


 よほど酷いことを言われたのだろう。


 女の虐めは泥沼化すると聞くし、何か解決策を考えた方がいいかもしれない。


 ただ、今は胸の中で姫乃を慰めることを考えることにした。


☆ ☆ ☆


「ありがとう、ございました」


 姫乃が落ち着いたのは昼休みが終了の合図である予鈴が鳴ってからだった。


 元々昼休みの残りが少なかったのもあるが、想像以上に傷ついてしまったらしい。


 酷い言葉を言われ水をかけられれば、大抵の人は心に傷を負ってしまう。


 本来、姫乃自身は何もしていないはずだが、一部の女子からしたら彼女が男子からモテるのが相当気に喰わないらしい。


 そうでもないと水をかけるなんて行為をしないのだから。


 もし、バレたら停学、最悪退学だって考えられる行為だ。


 虐めは社会問題になっているし、何かしら処分が下ってもおかしくないだろう。


 ずぶ濡れ状態の姫乃を抱きしめたから隆史の服も濡れてしまったが、今は気にしている場合ではない。


「なあ、これから一緒にいないか?」

「一緒に、ですか?」


 落ち着いて泣き止んだ姫乃が首を傾げる。


「一部の女子たちは白雪がモテるから気に喰わないんだろ?」

「そう、ですね」

「だったら特定の男と一緒にいれば女子たちの虐めがなくなる」


 姫乃を慰めている間に考えたことだ。


 モテすぎる姫乃が気に喰わない、恐らく虐めた女子が好きな男子が姫乃のことが好き……そのことを考えた結果、隆史は彼女と一緒にいた方がいいと判断した。


「俺はイケメンってわけじゃないから、白雪が女子たちから嫉妬されたりしないだろう」


 身長百七十センチほどで細みの身体、どこにでもいるかのような普通の顔なため、一緒にいても問題ないだろう。


 姫乃に特定の男がいるとなれば彼女を好きな男子は大体諦めるはずだし、女子たちからの嫉妬による虐めがなくなるかもしれない。


 男子に圧倒的人気を誇る姫乃と一緒にいるのだから、隆史に嫉妬の視線が向けられる可能性はあるが。


「でも、高橋くんは、いいのですか? 幼馴染みが好きなのでしょう? フラれたと言ってた割には仲良く登校していたようですが」

「見てたのか?」

「ええ。まるで恋人同士かのような雰囲気、でした」


 家が近いため、登校中見かけてもおかしくはないだろう。


 ただ、若干、気のせいかもしれないが、姫乃の顔は少し悲しそうだった。


「麻里佳は俺にだけ手を繋いでくるからな」

「え? それって両想い、なのでは?」


 手を繋いでいる若い男子を見れば、付き合っていると思うだろう。


「違うんだよ。麻里佳は俺のことを弟として見てる。だから姉が弟を溺愛しているブラコンに近い」


 たまにラブコメアニメで見るが、幼馴染みが姉のような存在だとこういった現象になる。


 あくまで弟としか見ていないため、恋愛感情がない。


「そうなのですね」


 ちょっと安心しました、と何故か頬を赤らめて姫乃はそんなことを呟く。


「それで一緒にいる案はどうだ?」

「高橋くんがそれでいいなら、私は、構いません」


 一緒にいるのを了承するかのように、姫乃は隆史のワイシャツの袖をちょん、と可愛らしく摘む。


 ただ、恥ずかしさはあるようで、青い瞳は若干斜め下を向いていた。


「分かった。このままだと良くないし保健室に行くか?」


 ずぶ濡れの状態である姫乃が教室に戻っても驚かれるだけだろう。


 それに今の精神状態ではまともに授業を受けるなんて不可能で、それなら保健室に行った方がいいと思った。


 保健室なら女性の養護教諭がいるし、タオルで濡れた身体を拭くことも出来る。


「今はこうして、タカ、くんと一緒にいる方が、いいです」


 ちょこん、と袖を摘んでいた姫乃は離そうとしない。


「タカ、くん?」


 下の名前どころか愛称で呼ばれるとは思ってもおらず、隆史は驚きを隠せなかった。


 目は大きく見開き、麻里佳以外に愛称で呼ばれたのは初めてのため、恥ずかしさで身体の体温が上がってしまう。


 自分の顔は鏡がないと確認出来ないからわからないが、恐らく全体が真っ赤に染まっているはずだ。


「仲良くするのであれば、愛称で呼んだ方がいいかなって、思いまして」


 実際に言って恥ずかしくなったようで、姫乃は髪の隙間まで見える耳まで真っ赤になっている。


「だから、私のことは姫乃って、呼んでください」


 耳元で物凄く甘い声が聞こえた。


 明らかに普段の声より甘く、今の隆史にはこれ以上ないくらいに心臓に悪い。


 さっきまで姫乃を抱きしめていたのだから。


「ひ、姫乃……」


 どんなに恥ずかしくても一緒にいようと言ったのはこちらなのだし、隆史が名前で呼ばないわけにはいかないだろう。


「は、はい……」


 顔全体を真っ赤にして俯いた姫乃を見て、隆史も下を向く。


 産まれて初めて授業をサボってしまったため、違うクラスとはいえど麻里佳に知られてしまったら説教を喰らう恐れがあるな、と思ってしまった。

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