第五話 初心者講習会
俺は今、二〇キロの荷物を担いで走っている。いや無理やり走らされている。
止まることは許されない。鬼軍曹が後ろから棒を持って追いかけてくるからだ。
「そこの野ウサギ野郎! ちんたら走るな! そんなんだから貴様は野ウサギごときと相打ちなのだ!! 走れ! 走れ! くそ虫ども!!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
初心者講習はばっくれるつもりだった。
もうこのままお金がなくなるまで宿に篭もっていようと思っていた。
あんな生き恥をさらしてのうのうと生きていけるほど、俺は図太くはできていない。
講習当日の朝、朝食もとらずにぐずぐず寝ていると、突然扉をぶち破りドレウィンが部屋に突入してきた。
「強制だと言ったろう、がはは」
副ギルド長なのに暇なのかこいつは!?
「なんで宿を知ってるんだよ!」
「二日ほどギルドに顔を出さんかっただろ? こりゃー初心者講習もこねーかと思ったんで調べさせた。ああ、宿のことは心配するな。ちゃんと説明しといたから。扉もあとで直しておいてやるよ」
そして俺は、訓練場まで連行されたのだ。
訓練場にはすでに五人の候補生が待っていた。
男四人に女一人。これから地獄を共にする仲間たちだ。だがそのときは暗く沈んだ俺をのぞいては、雑談をしつつのんびりムードだった。軍曹も最初は愛想がよかった。
「諸君、この初心者講習によく来てくれた。わたしがこれから一週間諸君の面倒を見る、元Aランク冒険者ヴォークト軍曹である。諸君らはまだひよっこではあるが、この一週間の訓練を通して冒険者のなんたるかを学び、立派な冒険者として巣立っていってくれることを望む。では、まずはこの装備を首につけてくれ」
元Aランクというあたりですげー、Aランクかよ、などとざわめいた以外はみんな静かに希望に満ちあふれた顔で話を聞いていた。俺以外。
軍曹は一人一人に首輪を装着していった。
「これはこれからの諸君の訓練を手助けするための装備である」
みな怪訝そうな顔をしていたが、大人しく首輪をつけていった。最後に俺に首輪をつけ終わった瞬間ヴォークト軍曹はニヤリと笑い、一週間の地獄が始まった。
「聞けえ、くそ虫どもっ!!」
軍曹が大音声で怒鳴る。
「貴様らには一週間、ここで生活してもらう! その首輪は『隷属の首輪』。外れるのは一週間後だ! 貴様らに残された道はここでひたすら訓練に励むことだけである」
とたんに候補生たちが騒ぎ始める。
「隷属の首輪を勝手につけるなんて許されるはずがない!」
隷属の首輪? 名前からすると人を奴隷化するアイテムか?
外そうとしてみるが、首輪はびくともしない。もしかして、ちょっとやばいんじゃないか?
「黙れ! くそ虫めが! 話しかけられたとき以外は口を開くな! 口でくそをたれる前と後にサーをつけろ!! そこのくそ虫、何か言いたいことがあるなら言ってみろ!」
「サー! これは犯罪行為です、サー!」
「見ろ! くそ虫ども。これは国王陛下と総ギルド長殿の連名の許可状である。この訓練場内に限り、隷属の首輪の使用は許可されておる。さあ、無駄話は終わりだ。そこの荷物を背負え!」
首輪の効果か、体が勝手に動いて荷物を背負う。重い。
「返事はイエス、サー! だ。くそ虫ども!!」
「「「サー、イエス、サー!」」」
「声が小さい 」
「「「サー! イエス! サー!!」」」
「よし、背負ったな。トラックを全力で駆け足! 走れ!!」
「「「サー! イエス! サー!!」」」
地獄の始まりだった。
潰れるまでしごかれ、限界にきたら回復魔法をかけられ、またしごかれた。三日間はひたすら荷物を背負って走らされた。
四日目からは戦闘訓練が始まった。
「ふざけるな、それで殺せるか! 気合を入れろ!!」
「「「サー、イエス! サー!!」」」
「貴様らは厳しいおれを嫌うだろう。だが憎めばそれだけ学ぶ。おれは厳しいが公平だ。男も女も、ヒューマンもエルフも獣人もドワーフもすべて平等に価値がない! おれの使命は役立たずのくそ虫どもを冒険者に仕立て上げることだ。わかったか、くそ虫ども!」
「「「サー、イエス! サー!!」」」
日が昇って落ちるまで、休むことは許されなかった。治癒術師が常に待機しており、倒れたものには回復魔法をかけて復帰させた。日が落ちると六人は泥のように眠った。
ある時、神が言った。
「集まれ! くそ虫ども!!」
俺たちは即座に集合し、整列した。神の言葉に全力でもって応じねばならない。
「今、このときを持って諸君らの訓練を終了する。本日から貴様らは一人前の冒険者である。貴様らがくたばるその日まで、どこにいようと貴様らは冒険者だ。多くのものは冒険の途中で倒れ二度と戻らないだろう。だが心に刻んでおけ。この訓練を成し遂げた今、恐れるものは何もない。胸を張って言え。我々は冒険者であると!」
軍曹は一人一人の首輪を外し、抱きしめ声をかけていった。
俺達は呆然とし、ただ立ち尽くしていた。
本当に終わったのか? 周りを見回すと多くの先輩冒険者たちが見に来ていた。あるものは拍手し、あるものは涙を流し、あるものは「よくやった、よくやった」と声をかけてくれた。
最後に俺の首輪を外し、軍曹が俺を抱きしめながら言った。
「よくやった。俺は貴様を誇りに思う。貴様はもう野ウサギではない。一人前の冒険者だ。何を呆然としておる。貴様は今からそれを証明しに行くのだ」
「はい、軍曹殿……」
俺は涙を流しながら答えた。そうだ。俺はやつらに復讐せねばならないのだ。
その日と次の日は治療のため訓練場に留まった。治療術師が注意深く俺たちを診察、治療し、異常のないことが確認された。
俺と仲間たちは二日間色々と話し合った。時には軍曹殿も交え、時には他の冒険者たちも様子を見に来てくださった。
この訓練メニューは、そのまま冒険者にすると死ぬ確率が高いと思われる初心者に半強制的に施されるもので、実際にこの訓練を卒業した冒険者の死亡率は半分以下に下がった。ただひたすらに苛め抜くような訓練メニューは、注意深くコントロールされたものだった。
六人の訓練生は全員、次の日には訓練場から解放された。
訓練により、いくつかの近接戦闘スキルに加えて、二つのスキルを手に入れた。ポイント消費によらないスキル取得の可能性は大きな収穫であった。
【体力回復強化】
HPとスタミナ回復の速度が上がる。治療やポーションの効果が上がる。
【根性】
HP0になってもHP1で踏みとどまる。一日一度。
なおこの一週間についての日誌は日本語にて記す。色々と倫理上の問題もあるので、この訓練場内部でのことは極秘である。
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